第十八章 裏切り 場面四 秘密(二)
ドゥルーススはこぶしを握り、息を吐き出した。
『………やめてくれないか。これ以上は平行線だよ』
リウィッラは眉を上げ、嗤った。
『平行線? あなたに自分の考えなんかないじゃない』
『………』
ドゥルーススは妻を見つめた。リウィッラは薄紫色の眸で、真っ直ぐにドゥルーススを睨みつけている。場違いな事に、ドゥルーススは妻を美しいと思った。リウィッラ、君は心を隠さない。欲しいものは欲しいと言って、決してためらう事はなかった。いつも正面からぼくにぶつかってきたね。そんな君に、ぼくは本当にきちんと応えてきただろうか。『わたしが死んでも、ゲルマニクスが死んだときほどには悲しまないでしょう』―――そう言い放った君に。
急に、悲しみがドゥルーススの心を支配した。いたたまれない気持ちになり、ドゥルーススは黙って踵を返した。だが、鋭い制止が背後から投げつけられた。
『待ちなさいよ!』
ドゥルーススは足を止め、振り返った。リウィッラはドゥルーススに詰め寄り、胸元を掴んだ。
『逃げるの? 何て人! ここまで言われてまだ黙ってるつもり? 言いたいことがあるなら言ったらどうなの! どうせわたしには理解できないと見下しているの?』
『リウィッラ。それは違う』
ドゥルーススはリウィッラの手を握った。ゆっくりと手を離させ、薄紫色の眸を見つめた。
『ぼくは君を見下した事などないよ。君に、判って欲しいと思ってる』
リウィッラはドゥルーススを見つめる。ドゥルーススは言った。
『愛しているよ。君も、子供たちも。心から大切に思っている』
リウィッラはドゥルーススの眸を真っ直ぐに見据えたまま、何かを否定するようにかぶりを振った。大きな眸が微かに揺らめいている。
『リウィッラ―――』
『最低!』
リウィッラは吐き捨て、ドゥルーススの手を振りほどいた。そのまま足早に部屋を出て行った。




