第十八章 裏切り 場面四 秘密(二)
スブッラでマクロと会って十日と経たない頃だっただろうか。アグリッピナの子供たちをティベリーナ島の病院への慰問に伴って、それが元で、リウィッラと相変わらずの口論になって―――
『そんなに、義父上が怖いの? それとも、アグリッピナ?』
『そうじゃない。何度も言ってるじゃないか。ゲルマニクスは、神君が認めた後継者だ。アグリッピナは神君の直系だ。その子供たちを差し置いて、ゲメルスを第一人者にしようとしたところで、誰も納得しない。父はそれを理解しているし、ぼくもそうだ』
『あなたは義父上の後継者なのよ』
『ゲルマニクスが亡くなったからね。リウィッラ、ぼくは神君の血を引いていない。ぼくの後がゲルマニクスの子供たちだと知っているからこそ、市民たちもぼくを認めているんだ。どうか判ってくれ。ぼくは父の後継者にはなれても、本当の意味で神君の築いたこのローマを引き継ぐ事はできない』
『わたしだって神君の血胤だわ。母様は神君の姪よ。わたしのゲメルスも、神君の血を引いている。アグリッピナと一体何が違うの』
『リウィッラ』
『あなたは怖いだけよ。義父上に逆らうのが怖いんだわ。堂々とこの国を引き継いで、子供たちを後継者にして、それで周りの反感を買うのが怖いの。あなたは牙も爪もない、従順なだけが取柄の情けない飼い犬よ。誰にでも尻尾を振って、愛想をふりまいて、ご褒美をもらってそれで満足してる。何て卑屈で浅ましい人なの。一度ぐらい、自分の意志で行動してみたらどう? その程度の気概もないの?』
リウィッラ………!
一瞬、ドゥルーススは自制を失い、危うく妻に手を上げるところだった。リウィッラはそれを察したらしく一瞬怯んだが、むしろ昂然と言った。
『殴ったら? 殴りたいんでしょ? 女にこれだけ言われて、それでも黙ってへらへら笑ってるつもり?』




