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第十八章 裏切り 場面四 秘密(一)

 夏の日差しの下、ドゥルーススは従者を一人だけ連れ、予告なく建設途中の親衛隊兵舎を訪れた。工事は順調らしく、建物を囲む堅牢な壁はすっかり完成し、立ち並ぶ兵舎も既に形になっている。工事責任者のラティニウスはたまたま打ち合わせのために不在で、留守を預かっていた初老の男は第一人者の一人息子の突然の訪問に狼狽した。ドゥルーススは笑い、急な事で申し訳なかった、と謝った。

「急に思い立って、足を延ばしてみただけだ。秋には完成するとのことだし、こうして建物の裏側を眺められるのも今のうちだろう」

「少しお待ちください。ラティニウスに戻るよう使いを遣りますので」

「それには及ばないよ。公務で来たわけではない。少し、見て回って構わないか」

「勿論です」

 ドゥルーススは案内も断り、従者を連れて司令部に入った。外見はほぼ仕上がっていたが、中はまだ設備も装飾もなくガランとしている。工事人夫の姿もない。そのせいか、汗をかいた身体には室内の空気は幾分ひんやりと感じられた。

 薄暗い廊下を行くと、列柱に囲まれた広い部屋に出た。建物の最奥にあたり、ここが司令部の中心になる。ドゥルーススは入り口に従者を残し、一人で室内に足を踏み入れた。正面に一段高くなった空間があり、ドゥルーススはその場所に近づいた。

 ドゥルーススは先日、ここに置かれる予定の父とセイヤヌスの像を見た。仕上がりを確認するために行ったのだが、聞いた話では、父の像とセイヤヌスの像は共にこの壇上に設置される予定であるという。

 無論、セイヤヌスの像はティベリウスのそれよりもやや小さく、台も低めに作られてはいた。それでもドゥルーススは二つの像が並ぶ光景を想像し、正直不快な気持ちになった。

 セイヤヌスは確かに親衛隊長官だ。この親衛隊兵舎建築の発案者でもある。だが、決してセイヤヌスがこの兵舎を建てたわけではない。建築を決断したわけでもなければ、資金を提供したわけでもない。親衛隊は父のものであり、セイヤヌスは父からその長に任命され、預かっているに過ぎない。誰の発案なのだろう。父の考えだとは思えないし、セイヤヌス自身でもないだろう。誰かがセイヤヌスへの追従で、父にそれを勧めたとしか思えない。だが、たとえそうだとしても、己の分を弁えた者なら、そんな申し出は固辞したに違いないのだ。

 ドゥルーススは吐息を洩らした。これは私情なのだろうか。ルキウス・セイヤヌスは父に心から忠実で、有能な親衛隊長官で、それに相応しい名誉を手にしているに過ぎないのだろうか。

 あの男は自分の力で、父の傍らに自分の彫像を飾られるという、途方もない地位にまで這い上がってきた。確かにドゥルーススとて努力してきた。この国のために生きてきた父の一人息子として、またローマを支えてきた貴族の一員として、その名に相応しい人間になりたいと願ってきた。だが、ドゥルーススにとって、進むべき道は常に目の前にあった。ドゥルーススはただ一歩ずつ着実に、歩みを進めさえすればよかったのだ。

 あの男にとって、道は切り拓くものであり、権力は掴み取るもの―――ひょっとすると、「奪い取る」ものだった。その力も執念も、ドゥルーススとは比べ物にならないのではないだろうか。

 リウィッラ。

 だから君は、あの男を選んだのか………?

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