第十八章 裏切り 場面三 マクロ(六)
マクロと別れ、邸に戻ってから、ドゥルーススは告発状の下書きを焼いた。ほとんど読みもしなかった。別れ際に、マクロはこの男らしいぶっきらぼうな調子で、「ゲメルスは君の種か」と尋ねた。「多分」と、ドゥルーススは答えた。
リウィッラは、双子を第一人者にしたいのだ。自分の次はあくまでもゲルマニクスの遺児たちだと言い聞かせるドゥルーススを、リウィッラは愛情が薄いとか、意気地なし、野心のない男など最低だとか言って詰った。せっかくティベリウスの後継者になれたのに、何故アグリッピナの子供たちに譲らなければならないのかと。ティベリウスとアグリッピナが犬猿の仲であることは周知のことだし(リウィッラにしてもこの義父と仲睦まじいとはとても言えなかったが、アグリッピナほどには険悪ではない)、本心では直系の孫のほうが可愛いはずだ、と主張した。この単純な妻に、ティベリウスがそういった「情」で動く人間ではないと説明したところで、理解してもらえるとも思えない。
ティベリウスは、あくまでもローマとアウグストゥスのために第一人者の地位に就いたのだ。アウグストゥスが望む後継者、ゲルマニクスにその地位を引き継ぐために。彼が死んだ今、ティベリウスはゲルマニクスの後に来るはずだった子供たちのため、ドゥルーススを後継者に昇格させた。それが父であり、ドゥルーススなのだ。アグリッピナもそんな父を理解せず、ティベリウスやリウィッラ、ゲメルスを目の敵にしている。ドゥルーススに対しては、幾分物柔らかだったが。
時折、ひどい孤独と疲労を感じる。一体誰が、自分たちを理解してくれるのだろう。そんなことを思う辺り、まだまだ父に及ばないという事なのかもしれない。他人に動かされない父の強さと誇り高さは、全く驚嘆に値した。ドゥルーススもいつか、父の強さを身につけることが出来るのだろうか。
時折無性に、ゲルマニクスに会いたくなる。同じ血を分け合った友に。
君がいてくれたら。君が、生きてさえいてくれたら。ぼくは少し疲れたよ、ゲルマニクス。淋しさや懐かしさよりも、何だか心の一部が欠けたようで、心が半分死んでしまったようで、時々、本当に生きているのか判らなくなってしまいそうだ。
父上………
疲れた身体を寝台に沈め、ドゥルーススは眼を閉じた。
弟を失った時の父も、ひょっとするとこんな風だったのだろうか………?
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