第十八章 裏切り 場面三 マクロ(五)
「君はもっと怒るべきだ。君は他人の裏切りを怒るよりも、ただ悲しんでしまう男だ。確かにそういう部分も含めて、おれは君が好きだが―――この頃の君はひどく疲れて見える。バカ騒ぎをしていても痛々しいほどだ」
「………」
「いいか、もっと怒っていい。セイヤヌスは君を侮辱したんだ。悔しくないのか? あんな男をのさばらせていいのか。ますますつけ上がるだけだ。告発しないというなら、せめて一発食らわせろ。夫の意地を見せてやれ」
ドゥルーススは、その言葉につい苦笑した。マクロは怒ったように言った。
「バカ、笑い事か」
ドゥルーススは、友人の肩に頭を置いた。
「………頼む」
懇願する声は、わずかに掠れていた。短い沈黙があり、マクロが大きく嘆息したのが判る。
「このバカが」
言ってから、憎々しげに付け加える。
「君は犯罪者だ。妻の浮気を知って隠していた情けない夫は、「売春幇助罪」だぞ」
「ぼくを告発するか? 夜警隊長官殿」
マクロは小さく舌打ちする。ドゥルーススは少し笑った。しばらくそのまま、マクロの身体の温みを感じながらじっとしていた。
「本当に口説かれたいのか」
まだ苛々した様子でマクロは言った。
「口説くのはいいけど、断っても恨むなよ」
「その気がないなら離れろ、暑苦しい」
ドゥルーススは苦笑して友人から身体を離す。それから、少し気になって尋ねた。
「君やニゲルに危険はないのか」
「そんなことにばかり気が回るな。そんなヘマはしない。おれもプロだ」
そう言ってから、少し間があった。
「………ニゲルをローマから離した方がいいな」
「君に譲ろうか」
「フィリッポスが、ネアポリスの辺りに農園を買うと言っていた。奴隷を何人か、まとめて贈ってやってもらえないか」
「判った」
ドゥルーススは答えた。
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