第十八章 裏切り 場面一 セイヤヌス(四)
「あなたとゲルマニクスの子供たちの存在が、今のローマに残された唯一の希望だ。あなたはまるで実の父のように彼の子供たちを愛し、首都にあって多くの人と交わり、人に打ち解けぬ第一人者の秘密主義を和らげている。あなたはティベリウス・カエサルやアウグスタと違って愛情深い人だ。ゲルマニクスはあなたを実の兄弟のように愛し、信頼していた。議員になることは出来ないが、わたしに出来ることなら何でも言ってくれ。あなたの役に立てるなら光栄だ」
熱のこもった口調で言われ、ドゥルーススはちょっと苦笑する。
「………ぼくにはそれでいいが、あまり父やアウグスタの事を軽々しく口にしないほうがいい。色々そういうことにうるさい輩もいるからね」
サビヌスは「あの告発屋の元締めめ」と吐き捨てた。名指しこそしないものの、「元締め」がセイヤヌスを指すことは明らかだ。ドゥルーススは宥める調子で言った。
「サビヌス」
「カエサル、わたしは不安だ」
サビヌスはドゥルーススを前に、胸の内をぶちまけるように言った。
「あんな男が幅をきかすのも、第一人者が人を信用せず、密告を奨励しているからだ。あなたがいなければ、このローマはとっくに恐怖のどん底に叩き込まれていただろう」
ドゥルーススは嘆息する。
「サビヌス。父は人間嫌いでも、情の薄い人間でもない。父が職業的告発者に一定の社会的役割を認めていることは確かだが、それは、この国の治安維持の為にそれが必要だからだ。セイヤヌスは―――職業柄、情報を集めるために彼らを使うこともあるが、それとて実際に誰かを告発するということになれば、ある程度の節度は保たれているはずだ。
むしろ議員たちが父への侮辱として法廷に訴えた者の多くを、父は自分の権限で無罪にしてきた。父はそれが仮に意図的なものであっても、取るに足らない中傷やちょっとした敬意の欠如に目くじらを立てる人間じゃない。些細な侮辱に神経質になっているのは、むしろ議員たちの方だよ」
「それは「些細な侮辱」を知っていて告発しないことで、自分が指されることを恐れているからだ。誰も彼も、第一人者の本心が判らず疑心暗鬼になっている。あなたには本当に悪いとは思うが、家業の事に加えて、わたしは正直、彼らの同僚にはなりたくない」
サビヌスは苛立った様子で言った。それから、まっすぐにドゥルーススの眸を見て尋ねた。
「カエサル、あなたは本当にセイヤヌスを信用しているのか?」
「―――」
ドゥルーススは、すぐには返事をしなかった。それから、ようやくため息混じりに答えた。
「彼は、父の最も信頼する部下だよ。仕事熱心で有能な男だ」
「そんなことは訊いていない。あなたは彼をどう思っている?」
「ぼくも父と同じだ。彼は親衛隊長官を務める有能な男で、その地位に相応しい働きをしている。そう思っているよ」
ドゥルーススは答えた。我ながら歯切れの悪い言葉だったが、サビヌスもそれ以上は問おうとしなかった。




