第十七章 海辺にて 場面二 元老院(一)
三つの反乱の報の中で、ティベリウスが対処が必要だと判断したのは、アフリカのものだけだった。
報告書を送ってきたのは、ルキウス・アプロニウスだった。パンノニア・ダルマティアの属州の反乱の際にはティベリウスの下で戦い、パンノニア軍団のストライキの際にはドゥルーススに同行、その後ゲルマニアへ向かい、ゲルマニクスの下で軍務に服している。叩き上げの軍人で、ティベリウスの信頼する友人でもあるこの男は、ゲルマニクスの配置換えと共に一旦ローマに戻ったが、昨年夏、今度はアフリカに軍団長として派遣されている。共通の友人であるコッケイウス・ネルウァに指摘されるまでもなく、ティベリウスはこの男に相当の負担を強いていると思う。だが、アプロニウスは、今まで常にそうだったように、アフリカへの赴任を気さくな笑みと共に快諾した。ドゥルーススのように、「判りました」の一言をもって。
アフリカを騒がせているのは、砂漠の民であるタクファリナスという男だった。これもパンノニア・ダルマティア属州の反乱の首謀者バトや、「ウァルスの悲劇」の首謀者アルミニウス同様、ローマ補助軍団の経験者だ。他国の人間を国家の防衛に起用するローマの軍事戦略の危うさは、時々こうした形で現れる。タクファリナスは砂漠の民をローマ軍団風に組織して武装させ、次第に内地へと進出し始めた定住民の田畑を荒し、略奪を繰り返すようになっていた。
アプロニウスは、確かによくやった。幾度となくタクファリナスやその一味と戦い、彼らを潰走させている。だが、タクファリナスは幾度撃退されても、一旦広大な砂漠へと退却し、態勢を整えて戻ってきては、再び村落への襲撃を繰り返した。このままでは埒が開かないと見たアプロニウスはティベリウスに報告書を送り、この一年間での軍団の出動回数や敵の戦い方、軍団の犠牲や属州が受けた損害などについて簡潔に述べた上で、今後の方針について問い合わせてきたのだった。
アフリカは「一級元老院属州」に格付けされており、その総督は執政官格の元老院議員が務める。ただ、元老院属州の総督は、軍団指揮権を持っていない。元老院属州での軍事行動の責任者は軍団長なのだ。これはアウグストゥスが、軍事に関しては最高司令官の専管事項にするべきだと考えていたことによる。シュリアやパンノニアなどの第一人者管轄の属州の総督は、第一人者に任命権があるが、元老院属州の総督は第一人者の人事の権限外にある。元老院属州の総督は議員の互選で決まり、任期も通常一年と短い。彼らは政務のみを担当し、軍事は管轄外とされてきた。
ティベリウスは、アフリカ属州の治安が回復するまでの間、この属州にも政治・軍事共に権限を持つ総督の派遣が必要だと判断した。この役目は、執政官を経験していないアプロニウスには残念ながら任せられない。ティベリウスは元老院に書簡を送り、総督の人選を求めた。
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