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第十章 混乱 場面六 軍団の暴動(一)

 他愛のない会話をポツリポツリと交わしながら、互いに杯を重ねた。軽く呑むだけのつもりだったのは確かだったが、グナエウス・ピソと呑むとなると、結局かなり本格的に腰を据えてしまうのが常だ。饒舌な男だったが、うるさい男ではない。必要な時には別人のように無口になった。この男とも長い付き合いになる。十六歳で大隊長としてヒスパニア(スペイン)に派遣された時、二十三歳のピソもまた大隊長を務めていた。第一人者の継子として目をかけられていたティベリウスに対し、ピソは始めから一切遠慮しなかった。後に彼らしく歯に衣着せぬ口調で語ったところでは、「高慢なのかと思っていたら単なる口下手だと判った」とのことだ。

 ピソとティベリウスは、育った環境こそ異なっても、生粋の貴族の家系に生まれ、筋金入りの共和政信奉者の父を持つという共通点がある。いちいち話さなくても判りあえる親密な感じを相手に対して抱いたのは、ひょっとするとティベリウスの方が先だったのかもしれない。ピソはティベリウスを酒席に誘い、例の不名誉な綽名―――「ビベリウス(呑み助)・カリディウス(生酒)・メロ(熱燗)」を恭しく進呈した。人の好き嫌いは激しい男だったが、それだけに一旦心を開けば誰よりも忠実な友になってくれた。相手にとって必要だと思えば、多少強引でも労を厭わず手を差し伸べる、情の深いところがある。

 今日の誘いも、ティベリウスの感情を気遣ってのこととよく判る。ティベリウスが抱いている、逃げ場のない、出口のない閉塞感を、無意識にしろ意識的にしろ、この男は見透かしているに違いない。ミノス王の迷宮とはよく言ったものだと思う。

 確かにティベリウスは、アウグストゥスの後継者を自負していたし、周囲からもそう認められていた。「元老院の第一人者(プリンチェプス・セナートゥス)」という称号も、引き継がざるを得ないことは判っていた。

 それでも、ティベリウスはアウグストゥスのように、元老院をコントロールしたくはなかったのだ。アウグストゥスは巧妙に、眼に見えぬ糸で絡めとるようにして元老院を支配した。内戦の勝利者として、「ローマの平和」をもたらした第一人者であり、民衆からの絶大な支持を誇るアウグストゥスに対しては、元老院も従わざるを得なかっただろう。

 だが、父の代でようやく元老院入りしたアウグストゥスとは異なり、ティベリウスは父祖たちが代々その一員として尊敬されてきた、生粋の貴族だ。多分ティベリウスは、元老院に集った、現在のローマを築いてきた貴族の男たちの誇りを信じていた―――信じていたかったのだ。

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