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第十六章 ピソ裁判 場面五 遺書(一)

 マルクス・ピソは喪服姿で議場に姿を現した。ティベリウスは執政官に発言の許可を求め、中央に進み出た。そこにはそれまでと変わりなく、告発人席と弁護人席、そして被告席が置かれている。鳥占官ルキウス・ピソだけは、兄の死で喪服姿だ。元老院議員たちは、息を詰めて第一人者を見つめていた。

「元老院議員諸君」

 父は話し始めた。その声に乱れはなかったが、表情には苦痛の色があった。

「既にお聞き及びの方も多いと思う。昨夜、グナエウス・カルプルニウス・ピソが自殺した」

 父はそこで少し息を継いだ。場内に僅かにざわめきが起こる。

「故人はわたしに宛てて嘆願書を認めている。死の直前に書かれた、ピソの遺書だ。それをここで公表する前に、故人の最期について、彼の長男、マルクス・ピソに話を伺いたい」

「マルクス・カルプルニウス・ピソ」

 執政官に名を呼ばれて、マルクス・ピソは中央に出た。ティベリウスは自席に戻り、マルクスを見つめる。マルクスは唇を結び、顔を上げて立っていた。その険しい表情は悲しみをこらえているようにも、見ようによっては怒っているようにも見えた。

「マルクス・ピソ」

 ティベリウスは呼びかけた。

「はい、第一人者カエサル」

 「第一人者カエサル」―――マルクスはそう言って、ティベリウスを真っ直ぐに見つめた。ティベリウスは少し間をおいて言った。

「父君の最期について、我々に話してはくれないか」

 再び、少し間がある。

「………父は、昨日は輿で戻ってきました」

 マルクスは言った。

「少し疲れた様子でしたが、それ以外は普段と変わりはありませんでした。最後の―――弁論を、考えたいからと言っ―――」

 マルクスは言葉に詰まった。だが、大きく息を吸い込み、話を続けた。

「………失礼を。最後の弁論を考えたいから、と使用人に告げて、私室にこもり、長い時間出てきませんでした。ぼくも後で知りました。父はその時書いたものを封印し、使用人の一人エンニウスに渡していたんです。大切な書簡だから、明日一番で第一人者カエサルに届けるように、そしてこれはとても大切な書簡で、他の者にはこの事を話さないようにと、口止めして。それが、先ほどカエサルが仰った、父の遺書です」

 マルクスは言った。その目は相変わらず、真っ直ぐにティベリウスに向けられている。

「ぼくはその内容を知りません。第一人者カエサル。どうかお願いです。あなたはぼくに、父の最期を語れと仰った。あなたがそう仰るなら、包み隠さずぼくは父の事を話します。その代わり、あなたも約束してください。そこに何が書かれていても、あなたも一字一句隠すことなく、ここでそれを公表してください。どんな内容でも構わない。あなたが読んでください。それがあなたを信じ、あなたに忠誠を尽くした父に対する、あなたの礼儀であり、義務です。どうかあなたご自身の口で、父の最後の言葉を朗読してください」

「マルクス」

 慌てたように鳥占官ルキウス・ピソが席を立ち、マルクスの肩に手を置いた。マルクスは叔父を見やり、気持ちを落ち着かせるように息を吐き出してから、何事か囁いた。恐らく席に戻るように言ったのだろう。ルキウス・ピソは席に戻った。

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