表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/356

第十六章 ピソ裁判 場面三 父と息子(四)

 ドゥルーススは目立たないように邸に戻ろうとしたが、タイミングが悪かった。ドゥルーススが邸に足を踏み入れるのとほぼ同時に、奥から他ならぬティベリウスとアウグスタが出てきたのだ。ドゥルーススはぎょっとしたが、今更逃げ隠れも出来ず、二人に歩み寄った。

「お祖母様」

 アウグスタは七十七歳になっている。それでも言葉も身体もまだしっかりしていた。ティベリウスに手を引かれ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。ドゥルーススは祖母の手を取り、口付けた。

「ご無沙汰してしまいました」

「ドゥルースス」

 アウグスタは皺の刻まれた顔に頬笑みを浮かべる。

「どこへお出かけ?」

「ちょっと友人の邸に寄っていました」

「そう」

 特にこだわる様子もなく、アウグスタは息子に視線を向けた。ティベリウスは無言で再び門へ向かって歩き出す。ドゥルーススも後に従った。門の外でアウグスタは輿に乗り込んだ。

「ドゥルースス」

「はい」

「またリウィッラと子供たちを連れてきておくれ」

 ドゥルーススは微笑した。

「すみません、本当にご無沙汰になってしまって。ご都合さえよければ、明日にでも伺います」

「明日は少し来客があるわ。明後日ではどう」

「判りました。是非」

 アウグスタは満足そうに頷き、それから息子に向かって言った。

「では、後は頼みますよ」

「判りました」

 ティベリウスは淡々と応じる。アウグスタも無表情にふいと視線を逸らし、輿はゆっくりと道を下っていった。―――とはいえ、今はアウグスタが住んでいる旧アウグストゥス邸は、ここからは目と鼻の先なのだが。

 ティベリウスは無言で踵を返した。ドゥルーススも続いて邸内に入る。

「お祖母様は何を?」

「プランキナを罪に問わないようにと」

 ティベリウスは視線を向けずに答えた。父は明らかに苛立っている。ドゥルーススはどう応じていいのか判らなかった。そもそも、プランキナはピソと違って公人ではない。問われるとすれば毒物や黒魔術の行使だが、それは恐らく立証は出来ないだろう。ただティベリウスにすれば、夫が裁かれている最中に、アウグスタに縋って自分だけ罪を逃れようとしたプランキナも、裁判に口を出すアウグスタも腹立たしく思われたに違いない。父が出しゃばる女を嫌っているのは、見ていれば何となく判る。

 そういえば、ピソは息子たちのことは口にしても、プランキナの事は一言も口にしなかった。ピソは知っているのだろうか。妻が、アウグスタに縋って、罪を免れようとしている事を。恐らくそれを知ったとしても、ピソは何も言いはしないだろうと思う。ひょっとすると、ピソがそうするよう指示したのかもしれない。ドゥルーススは改めて父の友人を思い、何とも重苦しい気持ちになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ