第十章 混乱 場面五 ラビュリントス(二)
ティベリウスは一つ吐息を洩らし、踵を返した。ピソも並んで歩き出す。従者は少し後ろにいるようだった。共にパラティウムに邸宅を構えるだけに来るなとも言えず、ティベリウスはそのまま、壮大なアエミリア集会場を左手に眺めながら聖道を下った。
『カエサル、あなたはいつまで国家を頭のない状態にしておくつもりですか』
ある元老院議員が言った。
ティベリウスはこの問いには激怒した。頭のない状態とは何事か。始めから何度も言っている。この国を担うべきは我々であると。ここにいる元老院議員一人ひとりが、国家の頭脳なのだ。それを―――
ピソの邸宅は坂を上がってすぐ、中央広場を見下ろす位置にある。代々受け継がれ、改築を重ねた格式ある建物だ。しばらく黙って肩を並べていたピソは、自邸が見え出すと、ティベリウスに言った。
「うちで軽く呑もう」
ティベリウスは少し間をおいて、「ああ」と答えた。正直、リウィア―――いや、ユリア・アウグスタと言うべきか―――とも家人とも、誰にも会いたくない気分だった。アウグスタはアウグストゥスの死後も現在の邸に住み続けると言っているから、共に暮らす訳ではない。だがたとえそうであっても、あの母の目となり耳となる人間が、ティベリウスの邸にはウヨウヨしているのだ。
おしゃべり好きな元老院議員とその妻たちを通して、早晩、議会でのやり取りも母の耳に入るのだろう。傍目にはほとんど茶番劇にしか見えない、第一人者就任までの滑稽なやり取りや、議員たちからアウグスタに贈られた「国母」という尊称をティベリウスが断ったこと、ティベリウスの名前に「ユリアの息子」と加えて呼ぶべきだと言われて抗議したこと。それを思うとうんざりする。
ティベリウスはルフスに、ピソの家で軽く食事をして帰ることを家人に知らせるように命じた。
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