第十六章 ピソ裁判 場面一 グナエウス・ピソ(四)
ピソがローマに戻った翌日、「告発屋」として知られるフルキニウス・トゥッリオ―――セイヤヌスの友人の一人だ―――が、ピソを執政官に提訴した。だが、これを聞いたゲルマニクスの幕僚が、トゥッリオはこの訴訟とは無関係であるとして異議を申し立てた。トゥッリオが、被告が有罪となった際の報酬を目当てにこの訴訟を起こしたことは、誰の目にも明らかだったからだ。
この主張が認められ、結局ゲルマニクスの幕僚三人が連名で原告側に立つことになった。先頃属州化されたばかりのコマゲネ王国の初代総督で、法務官経験者のクィントゥス・セルウァエヌス、ゲルマニクスによるゲルマニア戦役にも参加した有能な軍人プブリウス・ウィテリウス、カッパドキアの初代総督クィントゥス・ウェラニウスの三人だ。執政官は訴訟を受理し、ティベリウスにこの裁判を主宰するよう求めた。
ティベリウスはこれを承諾したが、実質的な審理は行わなかった。告発者たちの激しい弾劾と、ピソの自己弁護を聞いた上で、「この裁判は極めて重大であり、最大の慎重さをもって審理を尽くすべきである」として、そのまま審議を元老院に付託することを言い渡した。
ドゥルーススが再びローマに帰還したのは、この直後のことだった。ドゥルーススは不在の間の経緯を聞いた上で、ティベリウスに「ピソ殿にお会いしました」と報告した。
「その話は聞いている」
「マルクスがここへ来たでしょう」
ティベリウスは頷く。
「グナエウスの書簡を持ってきた」
「被告席に立つからには、もう父上に直接は会えないと仰っていました。マルクスは自分から書簡をもって父上のところへ行くと言ったと」
ティベリウスは何も言わなかった。その表情には僅かに疲労の影さえ感じられる。執政官も無責任な事をする、と、ドゥルーススは内心少し憤りを覚えていた。ピソがティベリウスの友人であることは周知のことであり、しかも、その行動がティベリウスの指示であったとの声も根強い。そんな中、ティベリウスに裁判を主宰しろとは。
無罪にすれば世間の非難は免れまい。仮に幾つかの罪に対して罰を宣告するにしても―――ドゥルーススは確信しているが、ピソはゲルマニクス毒殺の嫌疑に関しては絶対に潔白なのだ―――、群集を納得させる判決を下すのは至難の業だ。こんなときこそ、元老院なり常設法廷なりが、公正な判決を下す責務を引き受けなくてどうするのだ。