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第十六章 ピソ裁判 場面一 グナエウス・ピソ(二)

「書簡を送ろうとしたんだが、マルクスがどうしても自分が届けるといって聞かなくてね。………あれを単身戻らせるのはどうかと思ったんだが」

 ピソはまた少しためらう様子で目線を落としたが、思い切ったようにドゥルーススの眸を見つめた。

「ドゥルースス、あれはわたしには過ぎた息子だ。君に頼むのは心苦しいが、どうか力になってやって欲しい。これから、あれが直面する困難を思うと胸が痛む。よろしく頼む」

「ピソ殿、何故―――」

 ドゥルーススは言いかけて言葉を飲み込んだ。何故、一体何故、こんなことになったのか。ピソは目線を落とし、静かな口調で言った。

「………来るべきではなかったな。君がダルマティアにいると聞いて―――もう中々こんな機会はないかもしれないと思うと」

 この男らしからぬ、歯切れの悪い口調だった。顔を上げ、ピソは強いて頬笑もうとした。

「失礼するよ。ドゥルースス、最後に抱擁を交わしても?」

 ドゥルーススは椅子から立ち上がった。だがピソに近づかず、そのまま言った。

「ピソ殿、流布している噂に、ぼくは誰よりも心を痛めています。どうかそれが根も葉もないことだと証明されて、ぼくの大切な従兄の死が、誰をも傷つけることのないように祈っています」

「ドゥルースス―――」

 ピソの顔から笑みが消えた。感情を必死で抑制しているかのような、複雑な表情だった。ドゥルーススは早足にピソの歩み寄り、細い身体を抱擁した。ピソはドゥルーススの背を叩き、「どうか達者で」と言った。

「ピソ殿こそ、道中お気をつけて。ぼくも早めに切りをつけて、ローマへ戻りますから」

「戻ることはないだろう」

「いえ」

 きっぱりと言うと、ピソは微笑し、「見送りはいいよ」とだけ言い残して踵を返した。



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