第十五章 ゲルマニクス神話 場面七 マクロの忠告(七)
マクロは寝そべったまま、じっとドゥルーススを見つめる。
「ゲルマニクスの納骨の少し前、カエサルの暗殺未遂があったろう」
ドゥルーススは息を呑んだ。どう応えていいか判らずにいると、マクロは噴き出した。
「相変わらず嘘が下手だ」
「………」
「それじゃ、答えたのと一緒だろう。顔にしっかり書いてある。「その通りだ。だが、何故この男が知ってるんだ」ってな」
ドゥルーススは黙っていた。
「三ヶ月経った今も、下手人は判らずじまい、事件は迷宮入り―――ってのが建前だが、果たして本当にそうなのか。君は疑った事はあるのか?」
「………」
ドゥルーススはほとんど無意識に唇を湿した。マクロはちょっと眉を上げる。
「その様子じゃ、疑問がないわけでもなさそうだな」
この男には、人の心が読めるのだろうか。
ドゥルーススは二度ほど、セイヤヌスに「調査」の結果を尋ねた。セイヤヌスの答えは、二度とも「調査中」というものだったが、ドゥルーススは何となく、セイヤヌスの中では既に話は終わっているのではないか、と感じたのだ。それはただの直感でしかない。
マクロは半身を起こした。観察されているような気がして、ドゥルーススは落ち着かなかった。マクロは不意に眼を逸らし、小さく笑う。
「君は面白いな」
「………」
「バカにしているわけじゃない。誤解するな」
「君は何を知っているんだ、マクロ」
耐えかねてドゥルーススは尋ねた。
「話してくれ」
「おれは何も知らないよ。カマをかけただけさ」
ドゥルーススは立ち上がった。マクロはすばやい動きでドゥルーススの手首を掴む。ドゥルーススは怒鳴った。
「離せ!」
「そう怒るなって」
「帰る」
「宴会は終わってないぜ。今日の「目玉」はデザートなんだ。―――まあ、待てよ。おれが悪かった」
「君の「悪かった」は、もう聞き飽きた。そんなこと少しも思ってやしないんだろう」
「ドゥルースス」
マクロは笑い混じりにドゥルーススの名を呼んだ。少し間があって、ドゥルーススも苦笑する。
これでは子供の喧嘩だ。
その空気を読んだように、マクロは言った。
「何なら、今度はその水差しの水でも飲み干すからさ。機嫌直せ」




