第十五章 ゲルマニクス神話 場面七 マクロの忠告(二)
「首都はピソ殿とプランキナ夫人の裁判の噂で持ちきりだよ」
ドゥルーススが再びパンノニアへと発つ前、送別の宴を開いてくれたナエウィウス・マクロは、彼が言う「秘蔵の美酒」を勧めてくれながら言った。招待されたのは、先頃購入したという、パラティウムから程近い場所にあるセカンドハウスだった。それほど大きくはないが、小さいながら庭園もある。
マクロは昨年、ついに夜警隊長官にまで出世していた。
前の長官だったブランドゥスが病のため急死した時、ティベリウスは副長官だったマクロの長官就任を認めた。三十九歳の若い長官だ。意見を求められたドゥルーススも勿論彼を推薦したが、正直なところ、政治的な後ろ盾もなく、まだ三十代のマクロが長官に任命されるのか、半信半疑だったところもある。
だが、ティベリウスの能力主義、ないし「適材適所」は、ドゥルーススの想像以上に徹底していた。親衛隊九個大隊を指揮するセイヤヌスとて、父ストラボの同僚として長官に就任した時は三十代前半であり、その後、三十七歳にしてただ一人の長官に就任したのだ。一方で都警察長官は、人格者として皆の尊敬を集める、ティベリウスとはほぼ同世代の神祇官ピソが務めている。彼を任命したのはアウグストゥスだが、ティベリウスもピソを信頼していた。
もっとも、マクロの生活の拠点は相変わらずスブッラの集合住宅だ。「ゴミゴミして人が多い方が性に合っている」と笑うマクロに、ドゥルーススは「君の趣味だけは絶対に理解できない」とコメントした。
「今日はちょっと出ているが、エンニアはもっぱらこっちで生活しているよ。お陰で、スブッラの方は男も女も連れ込み放題だ」
集まったマクロの「遊び仲間たち」は、その言葉にニヤニヤと笑った。
「逆もしかりだろ。エンニアには片手で足りないぐらい情人がいるって話じゃないか」
「別に構わないさ。おれ一人で愉しんだんじゃ、それこそ不公平ってもんだ」
マクロはしれっと言う。
「スブッラの家はよく利用させてもらってるぜ。何といっても広くて快適で、おまけに近所に娼館も多い。実に便利だ」
「マクロがいよいよ豪邸に引っ越すとなったら、金を出し合って皆で借りてもいいぐらいだね」
「本当にそんなのでいいのか?」
思わず尋ねると、マクロは眉を上げる。
「何が?」
「何がって………」
ドゥルーススは言葉に詰まる。
「………奥方は、君がいないから淋しいんじゃないのか」
その言葉にマクロは噴き出し、室内は爆笑に包まれた。頬が熱くなるのが判る。
「君、おれの妻に会ったことあるだろうに」
目に涙を浮かべてマクロは言った。




