第十章 混乱 場面四 元老院(五)
「元老院議員諸君。ティベリウス・カエサルは確かにアウグストゥスと様々な特権を共有してきた。神君アウグストゥスが、息子であるカエサルに、自らの地位を引き継ぐことを望んでいたことは明らかであり、それは誰よりもカエサル御自身がよく判っていることだ。議員諸君の中にも、それを当然と考える向きもあろう。
だが、彼は何よりもまず一人の元老院議員であり、我々の同僚である。かくも偉大であった第一人者の死を、我々の同僚ただ一人の肩に負わせることは正当ではないとわたしは考える。我々はカエサルと共にそれを引き受けなければならない」
ピソはそこで言葉を切り、神祇官ピソを見た。
「神祇官殿は仰った。カエサルはこの国の統治権とでも言うべき、数々の特権の重大さを誰よりも知悉している、と。我々もこの国を担う元老院議員として、それらの意味を今一度よく考えなければならないのではないか。
我々は、ティベリウス・カエサルの如き賢明かつ慎重な男が、神君アウグストゥスの後継者であることを、面倒とではなく、幸運と思うべきだ。カエサルは我々の提案を拒絶しているのではない。その意味をもう一度よく考えるよう、同僚として我々に投げかけているのだ。ならば我々もそれを真剣に受けとめ、元老院議員として果たすべき責務を、今一度、自らの胸に問うべきである。その上で、なお我々から再びカエサルに要請するならば、カエサルもそれを真剣に自らに問い、お答え下さるものと期待する」
ピソは軽く右手を挙げる。
「わたしの話は以上だ。だが、最後に一言だけ付け加えたい。―――ティベリウス、君の話は確かに少々回りくどい。要点を捉えるのに苦労する。君は兵士や一般の市民相手の演説は見事にこなすが、同僚相手の弁舌は下手だ。いま少し率直に話してくれるよう、同僚としてまずは一つ要請する。―――以上」
堂内にさざめくような笑いが起きた。遠目にも、ティベリウスも苦笑したのが判る。ピソは芝居がかった仕草で一礼し、自席に戻ってきた。不機嫌な様子で腰を下ろし、ドゥルーススに囁く。
「奴は根回しも駆け引きも下手だ。しかも遠慮しすぎるおかげで、同僚相手の弁舌まで下手だ。ああは言ったが、誰ももう奴を同僚の一人だなどと考えてはいない。どんなに奴がそう望んだとしてもだ。ティベリウスは至尊者であり、第一人者であり、我が国唯一の最高司令官だ。この国はもはや共和国などではない。時代は逆には流れないことぐらい、奴はここにいる誰よりもよく判っているはずだが」
また一人の議員が立ち上がり、ティベリウスが今までいかにアウグストゥスの同僚として能力を発揮してきたか、事例を列挙しながら述べた。ピソは嘆息し、誰に言うともなく呟いた。
「全く、不幸な男だ」