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第十五章 ゲルマニクス神話 場面五 無言の帰国(六)

 ティベリウスの前を辞してから、警護の打ち合わせのためとしてセイヤヌスはドゥルーススの部屋に来た。

「正直、首謀者の告発も、すぐにとはいかないかもしれません」

 ドゥルーススはセイヤヌスの向かいに掛ける。

「ゲルマニクス絡みとあってはね。何しろ、時期が時期だ。下手に事を公にすると、「ゲルマニクス神話」に華を添えるだけの結果になりかねません」

「「ゲルマニクス神話」?」

 ドゥルーススは問い返した。セイヤヌスは薄く笑う。

「神々に愛され、非業の死を遂げた英雄、ということですよ。悲劇的な死の前には、故人の持っていた欠点や様々な(きず)も全て忘れられて、完全無欠の英雄の像が出来上がってしまう。墓の前で切々と読み上げられる弔辞は、生きていればとても耳にすることが出来ない美辞麗句に満ち満ちているでしょう。死者も土の下でさぞ驚いていることでしょう。おれはこんなに愛されていたのか、こんなに尊敬されていたのか、と。わたしとしては死後の栄光より、その十分の一でいいから、生きているうちに聞きたいものですが」

 セイヤヌスは出されたワインを飲んだ。

「彼をアレクサンドロス大王になぞらえる声がある事をご存知か? 我々が東方世界と総称するシュリア・パルティアからエジプトにいたる大帝国を一代にして築き上げた、不世出の英雄、アレクサンドロス。彼も三十二歳で病に倒れた。失礼を承知で言いますが、ゲルマニクスが大王に匹敵する英雄だったかどうか―――少し考えれば判るはずですがね。

 カエサル、ゲルマニクスは神になったんです。そして彼が神であるためには、その死は可能な限り悲劇的で、人々を慟哭させるものでなければならない。病死するより毒殺される方がドラマでしょう。大王の場合も身内による毒殺説は広く流布しましたが、恐らく誤りだとわたしは思いますね。「神話」と「悲劇」は表裏一体なんですよ」

 ドゥルーススはセイヤヌスを見つめる。

「………ピソ殿のことか」

 セイヤヌスはワインを一口飲んでから、少し間を置いて応えた。

「関わりはありますね。状況は絶望的です」

「ピソ殿が毒殺を企てるなど、とても信じられない。まして父の指示だなどということは絶対にありえないことだ」

「わたしもそう思いますよ」

 セイヤヌスはあっさりと同意する。

「ですが、状況が絶望的であることは明白です」

「確かに、ゲルマニクスが愛されていた分、ピソ殿を非難する人は多い。その非難は父にまで向けられている。だが、あくまでも法は法だ。ピソ殿が潔白であるなら、罪に落とすことは出来ないし、もし私的に復讐しようとする者があれば、むしろその人間の方が法の裁きを受けることになるはずだ」

「正論ですね。さすが法学者として名高いコッケイウス・ネルウァ殿直々に法を学んでおられるだけの事はある。解答としては満点でしょう」

 その言い方には、年長者が世間知らずの若者をからかうような雰囲気がある。ドゥルーススは少しむっとした。セイヤヌスはそれが判ったのか、ちょっと笑う。

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