第十五章 ゲルマニクス神話 場面五 無言の帰国(五)
「ビラはわたしも見た。下らないものもあるが、中々鋭いものもある。お前も読んだか?」
「………いくつかは」
「暗殺者二人は外部の男だったが、恐らく手引きした者が邸内にいる」
「まさか」
「そう易々と忍び込める警備態勢ではない。しかも、人の出入りは多いとはいえ、邸の奥深く、アウグストゥス祭壇の部屋にまで忍び込んで潜んでいた。内通者なしに出来ることではない」
ドゥルーススは父を見た。祭壇で、ということは、ティベリウスは早朝、祖先たちの祭壇に捧げものをする時を狙われたのだ。よりによって、邸内で最も神聖な場所で暗殺沙汰とは。
「祭壇で剣を抜くなんて。神々への冒涜です」
父は薄く笑う。
「残念ながらそれが通じない相手もいる。わたしもやむを得ずとはいえ、あの部屋で二人を切り捨ててしまった」
ティベリウスはそう言ってから、じっとドゥルーススを見つめる。
「捜査の方はセイヤヌスに任せておけ。外の様子はどうだ」
「極度の興奮状態です。沿道には人が詰めかけ、香や衣服を焚く煙があちこちで上がっていました。大人たちが人目も憚らず泣き騒ぎ、ゲルマニクスを哀悼している。彼がどれほど人々に愛されていたかよく判りますが―――ただ、いささか度を越しているようです。ローマ広場は人で埋まっていました。納骨が無事に済んだら、皆少し落ち着いてくれるといいのですが」
もう以前から学校も商店は相変わらず閉まったままで、首都中の機能が麻痺状態になっている。
「明日の納骨は、ぼくが執り行います。よろしいですか」
「頼む」
ゲルマニクスの葬儀自体は、アンティオキアで既に終了している。通常の葬儀の時のような行列や弔辞は特に予定されていない。手順は全て打ち合わせ済みだ。ドゥルーススは簡単に明日の話をして、父を疲れさせないよう、セイヤヌスと共に早々に部屋を出た。暗殺未遂のことは外部に漏らさないよう命じられた。襲撃を受けてからのティベリウスの処置が的確だったこともあり、知っている者もごくわずかだという。表向きには、喪中のため一切の面会を謝絶する、とされた。




