第十五章 ゲルマニクス神話 場面五 無言の帰国(三)
一行は邸に戻った。ティベリウスとアウグスタが姿を見せなかったことについて、セイヤヌスはこう説明した。
「実母であるアントニアの嘆きが余りに深く、枕も上がらぬ有様であるために、それを差し置いてティベリウスやアウグスタが迎えに出ることは差し控えた」
だが、この説明は奇妙だった。アントニアの欠席はもともと予定されていたことだ。何よりも公務として、「第一人者代理」の格で派遣されていたゲルマニクスの遺骨を迎えるにあたり、第一人者ティベリウスが出迎えに参加しないことはむしろ礼を失する振る舞いだ。政務官たちも同様の感想を抱いたらしく、納得できない様子で戻っていった。
アグリッピナはドゥルーススとセイヤヌスを見つめ、冷ややかに言い放った。
「こんなことでは、世間に流布しているあの噂を、ご自分で事実と認めているようなものだわ」
「アグリッピナ」
ドゥルーススは父の為にこの義姉に釈明しようとしたが、アグリッピナは聞く耳を持たなかった。子供たちを引き連れ、自分の使用人たちとともにさっさと自分の棟に歩み去ってしまう。ドゥルーススはため息をついた。出来れば棟に戻る前に、家長である父に一言挨拶をして欲しいと思うが、それを言っても火に油を注ぐだけだろう。小ティベリウスに自分の部屋に戻るよう促してから、ドゥルーススは改めてセイヤヌスに言った。
「先刻の話は本当か?」
セイヤヌスはそれには直接答えず、「こちらへ」とティベリウスの住む棟の方へドゥルーススを促した。
「しかし、困った女人ですな」
セイヤヌスはむしろのんびりとした口調で言う。ドゥルーススは苦笑した。
「まあ、気位は高いよ」
「これからが大変でしょう。あなたは、第一人者の唯一の後継者となったのですから」
「―――」
ドゥルーススは足を止める。
「そうとは限らないよ」
「他に誰が?」
「ゲルマニクスには三人の男児がいる。彼らはアウグストゥスの直系だ」
「長男のドゥルースス殿にして、まだ十四歳です。せめて二十五歳まで待つとして、後十一年。ティベリウス・カエサルに、七十一歳までお一人でその地位を保てと? 中々厳しいことを仰る」
軽い口調だったが、確かにそれは正論だ。ドゥルーススはちょっと吐息を洩らす。
「君の言うことは判るが―――でも、父が決めることだよ、それは」
ドゥルーススは、アウグストゥスの下での父と、全く同じ立場に立ったのではないだろうか。ドゥルーススは内心そう思う。アウグストゥスは六十四歳でティベリウスを後継者に抜擢し、十七歳のゲルマニクスと養子縁組をさせた。ドゥルーススもまたティベリウスの後継者となり、ゲルマニクスの遺児にその地位を譲り渡す役目を果たすことになるのかもしれない。全ては父の胸のうちにある。