第十五章 ゲルマニクス神話 場面五 無言の帰国(一)
ゲルマニクスの遺骨を抱いたアグリッピナ一行が、ブルンディシウムの港に上陸したという知らせが届いたのは、年も改まって間もなくのことだった。ドゥルーススは二人の執政官と多くの政務官たち、小ティベリウス、そしてゲルマニクスがローマに残していたネロとドゥルースス、ドゥルシッラと小アグリッピナの四人の遺児を伴い、ローマからアッピア街道で一日の距離にあるタッラキナまで、一行を迎えに出向いた。
ティベリウスはブルンディシウムの港に、ローマから親衛隊二個大隊(約千人)を派遣していた。遺骨は棺架に載せられ、これもティベリウスの命令によって百人隊長たちが代わる代わる肩に担いで北上してきていた。厳冬の中、沿道は衣服や香を焚いて哀悼の意を示す人々が詰めかけ、大声でゲルマニクスの死を悼んでいた。
アグリッピナは、ドゥルーススたちの前で輿を降りた。ガイウス・カリグラの手を引き、ユリアを抱いた乳母を伴い、ドゥルーススの前に立つ。この気丈な義姉も、さすがに夫を失った悲しみと長旅の疲労とでやつれていた。だが毅然と胸を張り、堂々とした態度で、出迎えの人々の前に立った。ドゥルーススはアグリッピナの手を取った。
「こんな形でゲルマニクスを迎えなければならないとは、痛恨の極みです。あなたの姿を拝見しても、まだ信じられない思いです」
短い間がある。アグリッピナは口を開いた。
「わざわざお運び頂いてありがたく存じます」
奇妙に冷ややかな口調に、ドゥルーススは戸惑いを覚える。
「義父上やお義母様は、ローマにいらっしゃるの?」
「義叔母上は悲嘆の余り、まだとても外出できる状態ではないんです。父とアウグスタは、ローマでご遺骨の到着を待っておられます」
「そうですか」
ひょっとするとアグリッピナは、ティベリウスがローマを出て迎えに来るべきだと考えたのだろうか。確かに、かつてティベリウスの弟、ドゥルースス・ゲルマニクスが亡くなった時には、アウグストゥスはローマから二百マイル(三百キロ)離れたティキヌムまで遺体を出迎え、そこから徒歩でローマまで遺体に付き添った。だとすると、ドゥルーススがここタッラキナ―――ローマから距離にしておよそ五十マイル(七十五キロ)だ―――までしか出迎えなかったのも、不満の種になるのかもしれない。だが、遺体の出迎えと、葬儀を済ませた遺骨の出迎えは自ずから異なる。この場合、参考にすべき最も最近の例は、リュキアの地で亡くなったガイウス・カエサルだろう。彼の遺骨も、アウグストゥスはローマの城門で出迎えている。
ドゥルーススの困惑をよそに、アグリッピナは執政官以下の政務官たちとも挨拶を交わし、ローマから出迎えに来た子供たちについては、自分の傍らを進ませて欲しいと依頼してから、再び輿に乗り込んだ。
リウィッラを連れてこなくてよかった、ドゥルーススは内心胸を撫で下ろす。こんな場所で女同士火花を散らされた日には、ドゥルーススの身が細るというものだ。
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