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第十五章 ゲルマニクス神話 場面四 ウィプサーニア(五)

 不滅の神々よ。どうかあの子を返して下さい。この先の十年、二十年という時間は、あなた方にはほんの束の間のものであるに違いないけれど。でも、わたしにはそれこそが何よりも必要だったのに。

 ふと我に返って、アントニアは傍らの女友達を見た。病の床に臥して以来、アントニアは自分の中に入り込んでしまうことが多い。ふと気づくと、部屋は薄暗くなり、明かりが灯されていたりする。いつ食事をしたのか、誰が着替えを手伝ってくれたのか、覚えていないことさえあった。ウィプサーニアは黙ったまま、傍らに静かに腰を下ろしている。この慎ましい女友達にとって、カエサル家の門をくぐることはかなりの決心を要したに違いない。

「ウィプサーニア………」

 アントニアの声に、ウィプサーニアはまた、少し口元を緩めた。

「ごめんなさい、ぼんやりして。せっかく来て下さったのに」

 ウィプサーニアは首を横に振る。

「突然伺ったんですもの。わたしの方こそお詫びしなくては」

 温かい手が、アントニアの頬に触れた。アントニアがその手に触れると、ウィプサーニアは軽い力でそれを握った。

「ずいぶんと痩せたわ」

「………」

 アントニアは頬笑もうとした。だが反対に、理由の判らない涙が眼の端を伝い落ち、アントニアは狼狽する。

「ごめんなさい―――」

 短い沈黙があって、ウィプサーニアはちょっと苦笑した。

「謝ってばかりよ、アントニア。本当に気にしないで。わたしにもそういう時があったわ」

 ウィプサーニアは静かに言って、指先で濡れた頬を拭ってくれた。その言葉に、アントニアは涙がとまらなくなった。

 そういう時があった、とは、一体いつのことだろう。ティベリウスと別れた前後のことだろうか。父が死に、ティベリウスと別れ、彼の子を流産した。それとも、その後のことかもしれない。その後、再婚したウィプサーニアは夫ガッルスとの間に多くの子をもうけたが、夫婦仲が睦まじいかというと、必ずしもそうとは言えなかった。

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