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第十五章 ゲルマニクス神話 場面四 ウィプサーニア(四)

 アントニアは眼を閉じた。何故だろう。少し、泣きたかった。考えてみれば、ウィプサーニアは、ゲルマニクスの弔問にではなく、アントニアの病気見舞いに来てくれた初めての女友達だ。ティベリウスがアントニアの見舞いを謝絶したことは知っている。ゲルマニクスの弔問客、リウィッラの出産を祝う客に続いて、自身の見舞い客を受け入れていれば、アントニアの心は恐らく壊れてしまっていただろう。同情からか儀礼からか、物見高い好奇心からか、多くの人間がアントニアを訪れた。皆口々にゲルマニクスの死を惜しみ、グナエウス・ピソを非難し、ティベリウスをも(なじ)った。彼らと話すことは、アントニアを消耗させた。もう放っておいて欲しいと叫びだしたい気分だった。誰にも会いたくない。家人にも家族にも会いたくない。だが、同時に淋しくてたまらなかった。

 放っておいて。一人にしないで。訳知り顔に言わないで。わたしを頷かせて。

 何故判らないの。誰も判らないの。わたしが判らないの。

 どうしてなの。

 何故、あの子は死んだの?

 本当に、あの子は死んだの?

 嘘よ。だってあんなに元気で、お祖父様の陣営を見に行くと、屈託なく笑って、アグリッピナが仕立てさせたきらびやかな衣装を身につけて、いつもと何一つ変わらずに旅立っていったのに。

 あの子はどこへ行ったの? あの子を返して。たしなめると、しまったって顔をして、憎めない笑顔を見せて。叱るとシュンとしょげた。あの子の父親がそうだったように。ドゥルーススを都合よく利用しながら、アントニアに上手に甘えながら、誕生日やたくさんの記念日には、心をこめた贈り物や、気の利いた祝いの言葉を欠かさなかった。選んでくれた深緑色のドレスは、アントニア自身が驚いたほどよく似合った。首飾りは、身につけているとみんなが素敵だと褒め、誰に贈ってもらったのと尋ねてくれた。五十歳を越えた母親を、臆面もなく綺麗だと褒めちぎった。そして、母親からの褒め言葉をいつも期待していた。どんな勲章よりも、母上に褒めてもらうことの方がずっと嬉しいと、気障な台詞も不思議にさらりと言ってのけた。

 みんな、あの子を愛した………

 神々に愛された子―――みんながそう言ったわ。だから、こんなに早く、神々があの子を呼び寄せてしまったの?

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