第十章 混乱 場面四 元老院(三)
堂内がざわめく。同調するような野次が二つ三つ席から飛んだ。ティベリウスは少しためらう様子を見せる。その時、神祇官ピソが、軽く手を挙げて起立し、例のゆったりとした口調で発言した。
「諸君、とにかく話を伺おうではないか? カエサルは諸君もご存知の通り、深い思慮をお持ちのお方だ。加えて、我々が受諾を願っている権限を、誰よりも知悉しているのは、亡きアウグストゥスの共同統治者であり、息子でもあったカエサルその人であろう。その重大さを知り尽くしていればこそ、軽々しく結論を語れないこともあるだろう。加えて、受諾を願いながらその当のお方の発言もまともに聞かぬとは、この国の代表たる我々にして、いささか礼を失してはいないだろうかな?」
ピソは軽い口調で話を結んでから堂内を見回す。堂内は、その言葉に一応の静けさを取り戻した。ピソは手振りでティベリウスに先を促してから、席に腰を下ろす。
ティベリウスはピソに感謝の目線を送り、再び口を開いた。
「諸君の寛容に感謝する。―――神祇官殿が、わたしの思いを代わって語って下さった。確かにわたしは、あなた方の提案の重大さをよく知っている。わたしはこの広大な国家の運営という重責から、逃れたいと欲しているわけでは決してない。ただ、元老院議員諸君、わたしは賢明にして才能豊かなあなた方こそが、この国の運営を担うにふさわしい方々だと信じている。
いや、「あなた方」―――という言い方も適切ではないだろう。この国を担うべきは我々であり、わたしも祖先たちのように、諸君と共にこの国のために尽くしたいと願っている。一人では到底担い得ない重責も、我々が共に力を尽くせば決して不可能事ではない。アウグストゥスという偉大な指導者を失った今、我々は互いに協力し合い、各々の能力を存分に発揮し、共にこの国の運営に当たることが最善の方法であるとわたしは考えている」
ティベリウスは自席に腰を下ろす。短い沈黙があって、アッルンティウスが再び立ち上がった。
「カエサル、やはりわたしにはあなたの話は判らない。要するに、あなたはこの提案を受諾するのか、拒否するのか、一体どちらなのだ」
別の若い議員も立ち上がり、堂内を見回して言った。
「十年もの間、ただ一人アウグストゥスと数々の特権を共有し、共同統治者にまでなった方が、今更自分は一議員に過ぎないかのような発言をするとは、あまりにも人を食った話ではないか?」