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第十五章 ゲルマニクス神話 場面二 混乱(四)

 ゲルマニクスの不例が伝えられて以来、首都は既に騒然となっていた。ティベリウスが受け取った属州からの報告や、商人たちがもたらした情報によると、ゲルマニクスの病状は一進一退だったらしい。神君を大叔父に、その孫を妻にもつこの若者の人気を、ティベリウスは再認識する思いだった。病に倒れたといっては嘆き、回復を祈る犠牲が捧げられ、回復したといっては躍り上がり、これまた感謝の犠牲が捧げられる。知らせは商人や旅行者を通して刻々と首都に届けられたから、どれが最新の情報であるのか、誰にも判らなかったのだ。一方で回復を祈る者がいれば、一方で回復を祝す者もいた。そして、人々が彼の死を納得したのは、彼の葬儀の様子が複数の商人たちによってもたらされてからだった。



          ※


 元老院はゲルマニクスを国葬にする事を決め、更に多くの名誉を議決した。マルス神に捧げられる讃歌の中に、ゲルマニクスの名を歌いこむこと。劇場に彼のための椅子を置くこと。競技場で催し物が行われるたびに、行列の先頭に象牙製のゲルマニクスの胸像を掲げること。戦勝記念門をローマとレーヌス河、それにシュリアに建造し、そこに「国家に殉じた」という一句を添えること。一々挙げればきりがない。正直なところ、よくこれだけ創意工夫を凝らせるものだと思うほどだった。

 ティベリウスはそうした「名誉」のほとんどを黙って議決されるに任せたが、さすがに異議を唱えて取り下げさせたものもある。アポロ神殿付属の図書館の壁には、歴代の雄弁家の肖像を刻み込んだ盾が掲げられているのだが、一人の元老院議員が、ゲルマニクスをこの雄弁家の列に加えるよう提案した。ゲルマニクスがそれに値する弁論家であったかどうかはともかく、それだけであればティベリウスとて別段異議を唱えはしなかっただろう。だが、別の議員がこう発言したのだ。

「ゲルマニクスの肖像盾は、黄金製とし、他のものよりも一回り大きく作られるべきだ」

 多くの議員が拍手をし、発言者は得意満面といった態でお辞儀をした。だが、これはさすがに行き過ぎというものだ。慣例にも反する上、後の(ためし)となっても困る。

「盾はしきたりどおり青銅製とし、決められた大きさを守ってもらいたい。盾の材質や大きさで雄弁を誇示することは無意味なことだ。古代の大家の列に加えられるだけでも、ゲルマニクスにとっては十分な名誉である」

 発言は、大抵の場合がそうであるように、認められた。

 議会が閉会し、ティベリウスはいつも通りに一人でユリウス議事堂を出た。階段の下に、忠実な従者ルフスが待っているのが見える。ティベリウスは高みからローマ広場を見渡した。十一月に入ったばかりの広場は、議会を終えた元老院議員とその従者たちを除き、人影はほとんどなかった。屋台は消え、物売りの姿もない。数少ない通行人も、多くが喪服や喪章を身につけている。学校は休校となり、商店は店を閉めた。元老院が布告するまでもなく、既に国喪は始まっているかのようだった。

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