第十四章 対立 場面六 決裂(五)
「アウグスタに話して、何とかしていただくわ。あなたからも第一人者カエサルにきちんと話をして頂戴。勝手に解任だなんて、第一人者に対する侮辱よ」
ピソは頷いた。
「判った。そうしよう」
ピソをシュリア総督に任命したのはティベリウスだ。いかにゲルマニクスが東方に対する軍団指揮権をもつとはいえ、ティベリウスが「不可」とすればその命令は無効になる。ティベリウスがあの若者の命令を是とすれば直ちにそれに従うが、後任の問題もある。はっきりさせておかなければ、この重要な属州の統治に支障を来すことになるだろう。
しかし、あの男も気の毒に。プランキナの訴えを聞いたアウグスタは、さぞティベリウスに向かってきいきい言うことだろう。その光景を思い浮かべ、ピソは苦笑する。アウグスタとアグリッピナの仲がしっくりいかないのは、これはもう、二人ともがはっきりとボス気質だからだった。前第一人者の妻であったアウグスタと、後継者の妻であるアグリッピナ。どちらも多くの取り巻きを持ち、その中心にいなければ気がすまない。ドゥルーススの妻リウィッラは取り巻きを作るタイプの女ではないが、これも相当気が強い。ここにユリアなりウィプサーニアなりが加わっていれば、一体どんな事態になっていただろう。
カエサル家の女たちで調整能力を持つのは、ほとんどアントニア一人といっても過言ではない。気苦労も多いことだろう。ティベリウスがこの女性に寄せる信頼は大きかったが、彼女を評して「肝が据わっている」と言ったのには笑みを誘われた。それは女性に対する褒め言葉になるのだろうか。
ただ当面のところ、ゲルマニクスからの解任の通達は有効だ。ピソは家族と共に、州都アンティオキアを離れることに決め、軍団長や行政官たちに対し、ゲルマニクスが本国の許可を得ずにピソを解任した事を告げた。




