第十四章 対立 場面五 アエギュプトゥス(一)
ゲルマニクスはアルメニア新王の戴冠式を滞りなく執り行い、ティグリス河とエウフラテス河の間の島で平和協定も更新した。ドゥルーススと共に小凱旋式を挙行する許可も得たゲルマニクスは、冬前にシュリア属州入りし、州都アンティオキアに到着した。ピソは一応は礼儀正しく、この東方全域の総司令官を迎えた。
調印式の少し前、アンティオキアの北に位置する小都市で二人は一度会見を行っている。
ピソが一個軍団の派遣を拒んだのは、明らかに命令不服従といわれても仕方のない行為だったが、ピソにはピソなりの考えがある。ゲルマニクスはこの属州総督を咎めたが、ピソは逆にウォノネスに対するゲルマニクスの決定を非難し、一個軍団の派遣は必要のないことであり、無駄な任務に割ける兵など、ここには一兵もいないとまで言い切った。ゲルマニクスもさすがに憤慨し、物別れに終わっていた。
ゲルマニクスは州都でしばらく過ごしたが、ほどなくアンティオキアを発つとピソに告げた。ピソはゲルマニクスに尋ねた。
「どちらへ行くつもりか」
ゲルマニクスはさらりと言った。
「エジプトだ」
ピソはつい眉をひそめた。
「許可は取ったのか」
「許可?」
何を言うのだという顔で、ゲルマニクスはピソの言葉を繰り返す。
「第一人者カエサルの許可だ。エジプトはカエサルの私領だ。元老院議員は許可なく立ち入ることは許されていない。まさか知らないわけはないだろう」
ローマ世界はローマ本国と属州、それに同盟国や友好国とに分かれるが、エジプトだけは種々の特殊事情から唯一の例外で、アウグストゥスはこれを自身の個人所有とし、元老院議員が許可なく立ち入る事を禁じた。それはそのままの状態でティベリウスが相続している。元老院議員ならずとも、それは常識の範疇に入った。




