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第十章 混乱 場面三 遺言状(六)

 葬儀の日は、よく晴れていた。黄金と象牙とで装飾された棺台を、騎士階級の人々が肩に担ぎ、ゆっくりとパラティウムの丘を下った。行列のすぐ後ろにアウグストゥスの肖像が進み、ユリウス一門の傑出した祖先の肖像を掲げた男たちが続く。更にその後ろを、ティベリウスを先頭に、リウィア、ドゥルーススらユリウス一門の家族、元老院議員たち、親衛隊兵士、弔問客などの長い列が従った。ローマ広場に到着した遺体は、まずカエサル神殿前の演壇(ロストラ)に置かれ、ティベリウスが故人の業績を称える長い演説をした。それから棺は聖道(ウィア・サクラ)を通り、カエサルが設置し、アウグストゥスが整備した演壇に置かれた。ドゥルーススはそこから、市民たちを前に偉大な国父の死を悼む弔辞を読み上げた。再び男たちの肩に担がれて、マルスの野(カンプス・マルティウス)へ、霊廟前へと運ばれた棺は、高々と積み上げられた薪の上に置かれ、百人隊長たちによって火が点された。

 高く上がった炎が、棺と蝋でできた肖像とをたちまちにして包んだ。一瞬、広間は水を打ったように静まり返った。それから、近くの人々と囁きを交わしながら、ローマの最高権力者を焼く火を、誰もが長い時間、食い入るように見つめていた。

 ドゥルーススは父を見た。まるで彫像のように微動だにしない。オレンジ色の光が、その白皙の肌を染めている。鋭い眸は、真っ直ぐに棺を見ていた。ドゥルーススは父に声を掛けなかった。親類や知人と軽く挨拶を交わし、アントニアに邸に戻っていて欲しいと言った。

 父の背には、どこか人を拒むような雰囲気がある。人々もまた、ティベリウスの周囲に漂う厳しい空気を壊す代わりに、ドゥルーススに父へのメッセージを託す方を選んだ。ドゥルーススは彼らに葬儀の協力への感謝を述べ、帰路の無事を願う言葉を添えて別れた。それから炎と父の背を交互に見つめながら、太陽が西の空に沈むまで、じっとその場に佇んでいた。

 夕焼け空が夜空へと変わり始めるころ、ようやくティベリウスは炎から視線を外し、息子を見た。葬儀に参加できなかった者も当然居ただろう。新たにやってくる者、帰ろうとする者で、人の流れは絶えることがなかったが、それでもずいぶんと人もまばらになっている。ドゥルーススが近づくと、ティベリウスは無表情のまま、ぽつりと呟いた。

「終わったな」

 何と答えてよいか判らず、ドゥルーススは曖昧に頬笑む。

「長い時間、すまなかった。―――戻ろう」

 邸までの道のりを、ほとんど言葉も交わさずに歩いた。

 葬儀は終わった。だが、父にとっては、これからが真に困難な日々の始まりだった。




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