第十四章 対立 場面三 ウォノネス(四)
ウォノネスと向かい合ったピソは、パルティアの要請により、あなたにはキリキアに移っていただかなければならない、と告げた。二十八年間に及ぶローマでの人質生活、パルティア王、アルメニア王の地位を経て、今はシュリアでローマ人の保護を受ける身となっていた男は、話を聞いてしばらく黙っていた。それからピソをじっと見つめ、静かな口調で尋ねた。
「移送はいつです」
「夏頃になるでしょう。アルメニアでの戴冠式が終わってから、パルティアとの平和協定更新の調印式が、ティグリス川とエウフラテス河の間の小島で行われます。それまでには移っていただかなければなりません」
ウォノネスはぽつりと呟いた。
「メソポタミア………。懐かしいな」
「メソポタミア」とは、ギリシア語で「二つの河の間の土地」という意味だ。
再び沈黙が降りる。それからウォノネスは、ピソの手を取った。
「短い間でしたが、あなたには親切にしていただいた」
「こちらこそ、妻はあなたの話を聞くのをいつも楽しみにしていた。うるさくはなかったですか」
「奥方は話し上手だ。楽しませていただいた。今日もこれから伺うところです。奥方に似合いそうな腕輪が手に入ったので」
「お気遣いを―――」
ウォノネスは頬笑み、丁重にお辞儀をした。
「では、失礼」
「妻に、今日は所用で戻られたと伝えましょうか」
「それには及びません」
ウォノネスははっきりと言う。ピソは頷いた。ウォノネスはもう一度一礼し、部屋を出て行った。




