第十四章 対立 場面二 東方問題(六)
前総督シラヌスは、間もなくローマへと発った。ピソはオロンテス川を海へと下っていくシラヌスを見送ってから、その日のうちに新総督として属州の運営に着手した。
シラヌスはアウグストゥスによってこの重要な属州の総督に任命されただけあって、中々に有能な男だったが、軍事よりはむしろ政治に関心が強かったらしい。行政の面では体制が確立しており、人材も揃っていた。ピソが受け取った報告書からは、財政、司法、インフラ整備といった幅広い領域で、シラヌスが堅実な属州運営を行ってきたことがうかがえた。
シュリアに駐屯する四個軍団に対して、ピソは新総督として恒例の祝儀を配り、最高司令官ティベリウスへの忠誠を改めて誓わせた。それから兵たちを町へと連れ出したり、官邸に招いたりして積極的に交流を図っていった。軍団兵たちは、前任者とはまるで雰囲気の違うピソを、「我らが父上」と呼んで歓迎した。ローマの軍団は、十七歳から入隊を許され、二十年で退役となる。兵士たちの年齢は、二十代から三十代の者が最も多い。ピソにとっても、彼らは若い息子たちのようなものだった。
ピソが前任者と違っていたのは、真面目で忠実な官僚型の軍人よりも、多少羽目を外すことはあっても、統率力のある親分肌の隊長を好む傾向があったことだろう。ピソは機会を見て、若干の配置換えを行った。
新しく属州となったカッパドキアとコマゲネ、そして古くからの属州である小アシアや友好国など、多くの国が続々と新総督の下に使者を派遣してきた。彼らを歓待したり、こちらからも使者を送ったり書簡を認めたりと、ピソは忙しい日々を送った。歴代の統治者を魅了したという、ダフネの美しい泉を訪れるのは、しばらく先のことになりそうだ。妻のプランキナはマルクスと共に一足先にその「聖なる森」を訪れ、聞いていた以上の素晴らしさを興奮気味に夫に語った。プランキナは社交的で、兵士や使者たちと気軽に、しかし適切な品位を保って応対することが出来たから、ピソはこの妻を信頼していた。




