第十四章 対立 場面二 東方問題(一)
ピソを迎えたのは、古都アンティオキアの市民たちと、前総督であるクレティクス・シラヌスを始めとする数人の元老院議員、シュリアの統括下に置かれているユダエア属州の長官、それに軍団長以下、ずらりと整列した軍団兵たちだった。娘がゲルマニクスと婚約しているという理由で属州総督の任を解かれたシラヌスは、十一年前に執政官を務めており、五十代半ばに入っている。十二歳のネロと婚約しているのは、この男が四十歳でもうけた鍾愛の末娘だ。ピソは前任者の手を親しく握り、挨拶した。シラヌスは丁重に言った。
「ようこそ、東の果てへ」
ピソは微笑する。
「わたしは西の果てヒスパニアと、南の果てアフリカで総督を務めた。この老人が幸いにして生きてローマに戻れたら、次は北の果てゲルマニアかな」
シラヌスは上品に頬笑み返した。
「次の任地よりも、是非ここにいる間はこの地を楽しんでいただきたい。シュリアには、命も延びるような美しい場所がたくさんある。時間さえ許せば是非ご案内したいが」
「山に抱かれたような町だな。優しく堂々とした山だ」
ピソは言った。アンティオキアはオロンテス川の東岸に位置し、東からはシルピウス山が迫ってまるで城壁のような佇まいをなしている。裾野は比較的なだらかで、別荘も散財しているが、頂上付近は険しい。
「うまい表現をなさる。的確で、しかも詩的だ」
「わたしは評判の頑固者だが、多少は美しいものを解する心もある」
「素晴らしい。是非ここから少し離れたダフネをご訪問下さい。偉大なるポンペイウスが愛した聖なる森。清らかな泉が滾々と湧き出ている。まさに命の洗濯だ」
「時間があればな」
シラヌスはマルクスとプランキナ、そして幕僚たちに順に挨拶した。それから、一人の男をピソに紹介した。
「こちらがウォノネス王だ。王よ、新総督のグナエウス・カルプルニウス・ピソです」
ウォノネスは、東方風の豊かな髭を蓄え、縁取りのある青い帽子をかぶり、色鮮やかな金糸の刺繍がほどこされた長袖の衣装をまとっていた。年齢は六十歳を越えているだろう。ピソとそう変わらない。
ピソは丁重に挨拶をした。
「アルメニア王」
ウォノネスは鷹揚に頬笑む。返答は滑らかなラテン語でなされた。
「「かつての王」と言って頂くべきでしょう。新総督にお目にかかれて光栄です」
ピソは王を見つめ、その手を取った。
「アルメニア王よ。失礼でなければ、ウォノネス殿、とお呼びしても差し支えはありませんか」
「喜んで」
ウォノネスは答える。それからピソはユダエア長官のグラトゥスとも短い挨拶を交わしてから、閲兵を行うため、早速シラヌスと共に冬営基地へと出かけた。
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