第十三章 ゲルマニア戦役(二) 場面七 別れ(三)
「ティベリウス」
アントニアが、ためらいがちに沈黙を破った。
「もう少し、話をしても構わない?」
ティベリウスは義妹を見つめる。
「ウィプサーニアの具合がよくないの」
思いがけない話だった。
「一度、お見舞いに行ってあげては下さらない?」
「病か」
アントニアは目を伏せた。
「それがよく判らないの。時々胸が苦しくなるって。大袈裟なことじゃないからって笑っていたけど、お母様が亡くなる前も同じだったって以前に聞いていたから、少し心配なのよ」
ティベリウスはしばらく黙っていたが、小さく吐息を洩らして言った。
「考えておこう」
そう答えたものの、三十歳前に別れたきりの妻と、六十歳に手が届こうとする今になって顔を合わせる勇気は持てそうになかった。ウィプサーニアの方はどうなのだろう。ドゥルーススがときどきこの母と会っているから、むしろそれだけで十分なのではないか。息子は、ユリアを授かった時に、ティベリウスがローマに戻るのを待って、母に「孫」を見せてもいいかと遠慮がちに尋ねた。ティベリウスよりも先に見せるわけにはいかないと思い、帰還を待っていたのだという。そんな気遣いをみせる息子が愛しくもあり、不憫でもあった。
アントニアは時間をとらせた事を詫び、ティベリウスの頬に軽くキスして部屋を退出した。
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