第十三章 ゲルマニア戦役(二) 場面六 ピソの赴任(一)
「相変わらず、君は厳しいな」
ティベリウスの邸の一室で、グナエウス・ピソは銀製のカップを口に運びながら言った。ドゥルーススを見送って、数日が過ぎた頃のことだった。
「前はローマ軍団兵の暴動の鎮圧、そして今回は蛮族の内乱の調停か。君が息子に託すのは、地味で困難な任務ばかりだ」
「荷が重いと?」
ティベリウスもワインを口に運ぶ。ピソはあっさりとかぶりを振った。
「いや。適役だろう。どうやら、ドゥルーススは中々のバランス感覚の持ち主のようだな。調停者にはうってつけだ。こう言っては何だが、ゲルマニクスにはとても務まるまい。だが、父親の友人相手ではやりにくくはないかね」
ティベリウスは友人を見る。ピソは返事を期待してはいなかったらしく、卓上の干物を口に運び、汚れた指先をボウルの水で洗った。
マルコマンニ王マロブドゥス。彼に王号を与えるよう求めたのは、ティベリウス自身だった。懐かしい、古い友よ―――そう言って、ティベリウスを抱いてくれた。反乱軍にやられる君かと、屈託なく笑ったあの男は、中立を守るのは、友情ではなく政治だと言った。
これは政治だ。ローマは、ゲルマンの種族に対して、必要であれば調停者として振る舞うことはあっても、もう派兵はしない。どの部族にも与しない。ゲルマニアからの完全撤退を決断した今、ティベリウスには中立を守る以外に道はなかった。
そう―――ゲルマニクスにはとても務まらないだろう。ゲルマニクスはゲルマニアでの戦役で、アルミニウスと義父のセゲステスとが対立した際、はっきりとセゲステスの側についてアルミニウスに戦争を仕掛けた。セゲステスがローマの協力者であったのは事実だが、対ゲルマン種族の戦役を遂行中に、一部族に過度に肩入れをしていては、戦役は周辺部族を巻き込んで泥沼化する。ローマが戦争に巻き込まれることだけは、絶対に避けねばならない。




