第十三章 ゲルマニア戦役(二) 場面五 ゲルマニクスの帰国(七)
マロブドゥスはローマに助けを求めてきた。だがドゥルーススの派遣を決めたティベリウスの回答は、「支援拒否」だった。
「王はローマに対し、援軍を要求できる立場にはないはずだ。彼はイリュリクムの反乱の際も、このたびのケルスキ族との戦いの際も、一兵の援軍も寄越さなかったのだから」
ティベリウスはゲルマン種族の内輪もめに対し、調停者以上の関与をするつもりは全くなかったのだ。
父の言は正論だったが、ドゥルーススにはやや非情なものに響いた。マルコマンニ王は、ティベリウスの古い友人であり、確かに援軍こそ寄越さなかったものの、どんな状況下でもローマの敵に回ることなく、堂々たる中立を保ち続けてきた。それによってむしろ反ローマに起とうとする周囲に対し、無言の圧力を掛け続けてきた男であったのだから。レーヌス河沿岸から一族ごと移住し、ローマの圧迫を受けたゲルマンの種族を庇護下に入れ、「マルコマンニ王」の称号を得た。ゲルマンの種族には珍しい大局的な視野を持つ、政治の判る男だった。
今回、ティベリウスはドゥルーススのために幕僚を選ばなかった。ドゥルーススに課せられたのは、ダーウィヌス河沿いに位置する、ラエティア、ノリクム、パンノニア、モエシアといった各属州の総督たちと相談しながら事を収めるという、戦闘というよりも外交に近い任務だ。
ドゥルーススは送別の宴を開いてもらい、護衛兵一隊を率いたのみでダーウィヌス河へと向かった。リウィッラは落ち着いていた。三年前にパンノニアに派遣された時のような涙は、もう誰の目にもなかった。




