第十三章 ゲルマニア戦役(二) 場面五 ゲルマニクスの帰国(三)
ドゥルーススは従兄の突然の行動に驚いた。乱れた呼吸に、この従兄が泣いているのが判った。ドゥルーススは従兄の背を軽く叩く。
「ゲルマニクス?」
「ドゥルースス、ぼくは、伯父上の信頼を失った」
ゲルマニクスは掠れた声で言った。
「多くの軍団兵たちを無駄に死なせてしまった。嵐や、沼や、思い出すのもおぞましい、醜悪な同士討ちまで………! 伯父上はぼくを赦さない。今日の伯父上の眸は、ぼくを蔑んでいる眸だった。ぼくは伯父上の名前を騙って約束までしたんだ。絶対に赦してくれないよ」
ドゥルーススはゲルマニクスの背を撫でた。
「とんでもない誤解だ。父は君を蔑んだりしない。君は精一杯やったよ。金のことだって、軍団兵たちを鎮めるには仕方なかったんだ。まして嵐に遭ったのは君のせいじゃない。父もそれはよく判ってるよ」
「君は妥協しなかった。ぼくはバカだ。軍隊経験の全くない君が、あんなに見事に事態を収拾したっていうのに。出来ることなら、あの場に戻ってやり直したい。一体何故、ぼくには毅然とした態度が取れなかったんだろう?」
従兄は激しく泣いた。自分を責め続けるゲルマニクスを、ドゥルーススにはどう慰めていいのか判らなかった。ドゥルーススが相手にしたのは三個軍団だったが、ゲルマニクスの相手は八個軍団だったのだ、とか、ドゥルーススは月蝕という自然現象に恵まれたのだ、とか、暴動は鎮められても、闘いの指揮は一度も執ったことがないのだ、とか、一つ一つ言い募ることは出来たが、そんなことを言って、ゲルマニクスの気持ちが楽になるとも思えない。ドゥルーススはじっと従兄を抱いていた。
「君は優しいんだよ。軍団兵たちは君を本当に愛しているだろう? みんなそう言ってる。君は父とは違う。同じようにやる必要はないよ」
ゲルマニクスは心を隠さない。グナエウス・ピソはこの従兄の「芝居がかった大仰さ」を嫌っていた。厳格で堅実な父が、それを好まないであろうことも判る。
だが、ゲルマニクスはお芝居をしているのではない。この従兄は、いつも本気なのだった。ゲルマニクスは、感情の昂ぶるのに任せ、時に人目も憚らず泣いた。ガイウス・カエサルの弔辞を読んだ時も、兵たちの同士討ちを眼にした時も、テウトブルクの森を訪れた時も、この従兄は涙を流し、存分に嘆いた。多くの船が遭難した時、自分の責任だと叫び、海に飛び込もうとしたのがゲルマニクスだ。市民たちも軍団兵たちも、その率直さ、気取らなさをこそ愛している。ドゥルーススも同じだった。高貴な血筋と気取らない明るさも、人の期待を裏切ることの出来ない弱さも、「弟分」に対する調子のよい憎めない甘えも、ドゥルーススは心から愛してきた。