第十章 混乱 場面三 遺言状(三)
続いて遺贈金について読み上げられた。その額も莫大だった。ローマ市民に総額で四千万、アウグストゥスの選挙区の市民には更に総額で三百五十万。親衛隊兵(約九千人)には一人につき千、都警察隊及び夜警隊員(合わせて約五千人)には各五百、軍団兵(約十五万人)には各三百。ここまでは、きちんと別金庫に分けて管理してあるから、即刻現金で支払うように。加えてそれ以外の個人への遺贈金を列挙し、それらは一年後に支払うこととする、と書かれていた。
アウグストゥスらしい几帳面さだ。単位は全てセステルティウス(黄銅貨)で、即支払いを指示されている額だけでも一億セステルティウスにのぼる。国家予算が年間八億程度なのだから、その規模の大きさが判る。
「これらの方々への、わたしの心からの感謝を表すにあたり、一年間という遅延をどうぞ許していただきたいと思う。わたしの財産は、他の人々と比べても中程度のものに過ぎない。わが相続人の手に渡るのも、総額で一億五千万を越えないはずである。確かにわたしはこの二十年間で、十四億の財産を遺贈されたが、その遺贈金も、そして二人の父から受け継いだ遺産も、全て国民と国家のために費やしたのである」
アウグストゥス………
まるで会計報告のような遺言だ。ドゥルーススは宣告の冒頭の一文の不快さも忘れ、内心僅かに苦笑した。遺贈金を一つ一つ計算し、別金庫に分けていたアウグストゥス。真面目で律儀で几帳面な、およそ一般の権力者像とは程遠い小柄な老人。サイコロ遊びが好きで、冗談好きで子供好き。多くの人から慕われ、時に様々な批判や中傷にあっても、決して権力に物を言わせて人を罰したりすることはなかった、世界国家ローマの最高権力者。それも確かにアウグストゥスだった。