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第十三章 ゲルマニア戦役(二) 場面四 夢の終わり(二)

 だが、首都にいる者たちにはそれで済んでも、その「凱旋式」の内実のなさを誰よりも知っていたのは、他ならぬ「凱旋将軍」ゲルマニクスだった。ゲルマニクスからは、凱旋式挙行の延期を―――すなわち戦役続行の許可を求める書簡が二度届いた。ティベリウスからの回答は、不許可以外にありえない。最高司令官の命令に対し、ゲルマニクスに選択の余地はないはずだった。

 だがこの甥は、暴動鎮圧の時に続いて、再びティベリウスを激怒させる行動に出る。春を待って許可なくレーヌス河を越え、ゲルマニアへと攻め込んだのだ。しかも―――ティベリウスは報告を聞いて耳を疑ったのだが―――ゲルマニクスはこの会戦を挑むにあたり、高地並びに低地ゲルマニア軍八個軍団に加えて騎兵、同盟軍、親衛隊兵という、自分の配下にあるほとんど全ての兵力を、ゲルマニア深くにあるウィスルジス(ウェザー)河沿いの戦場に率いていったという。ここで決着をつけなければという焦りもあったのだろうが―――レーヌス河の軍団基地をすっかり空にしてしまうとは!

 七万近い兵力を投入したこの年の戦役は、戦闘に限って言えば確かにローマ側の大勝に終わった。森に埋められていた二本目の銀鷲旗も、奪還に成功した。ゲルマニクスは興奮し、兜も脱ぎ捨てて前線に立ち、こう叫んだという。

「殺して殺して殺しまくれ! 捕虜は要らない、蛮族を残らず殲滅せよ! それで、戦争は終わるのだ!」

 だが、やはり帰路は惨憺たる有様だったと言うしかない。昨年の失敗で懲りたのか、ゲルマニクスは今度は海路を選んだ。だが、内海ゆえに比較的穏やかな地中海とは違い、北の海の荒々しさは、ゲルマニクスの想像をはるかに超えていた。確かに、彼の父、ドゥルースス・ゲルマニクスも海路を通ってゲルマニアに攻め込んでいる。だが、それは季節でいえば春のことだったし、兵の数も今回ほど多くはなかった。

 「まっとうなローマ人なら海を恐れる」とまで言われたように、元々、海は不得手なのがローマ軍だ。船の数に比べ、熟練した漕ぎ手の数も不足していた。(ひょう)まで降り注ぐ悪天候の中、嵐に襲われて木の葉のように翻弄される船の上でパニック状態になった軍団兵たちは、普段の完璧な役割分担も忘れ、漕ぎ手たちのところへ押し寄せ、余計な手出しをする者まで出る始末だった。船はあるものは転覆し、あるものは流され、軍団はバラバラになった。

 ゲルマニクスの三段櫂船は、カウキ族という、ゲルマンの民族の中でも孤高を守る種族の領地に流れ着いた。牧畜にも農耕にも、狩猟にさえほとんど携わらないこの特異な部族は、もっぱら魚を捕り、湿地の泥炭で火を起こし、戦争も略奪もせずに慎ましく生活するのを誇りとしている。彼らはゲルマニクスを暖かく迎えはしなかったが、「敵」に引渡すこともしなかった。一行は彼らの領地の片隅で、魚や打ち上げられた馬の屍まで食糧にし、惨めな日々を過ごした。ゲルマニクスは絶望のあまり海に飛び込もうとさえしたという。

 波が幾分穏やかになると、散り散りになっていた船が少しずつ陸を目指して戻ってきた。衣服を帆に張り、破損した船を少しマシな状態の船が曳いて、まるで死霊の船のような有様だった。集まってきた船を修復し、近くの島々に同胞たちを探索に出かけた。船ごと戻れた者もいれば、身一つの者もいた。ある者は現地の見知らぬ種族に捕らえられ、中にはブリタンニア(イギリス)の王族に保護されていた者もいた。



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