マリのご飯、美味しさの秘訣は
「マリの料理はなんでこんなにおいしいだろう?」
ある日朝食を食べながら一緒に食べるレイにつぶやいた。
マリのご飯は人気の定番メニューを除き、ほとんど同じものがない。
季節によってクオンが採ってくる山菜が並ぶこともあれば、うだるような夏には畑で採れた野菜が並び、食べれば気分がすっきりしたものだ。
「僕、野菜は嫌いだったんだ。特にこのニンジン。苦くてどんなに小さくても食べられなかったのに、マリがつくったニンジンならどんな料理でもおいしいんだ。不思議だよね」
それを聞いていたのだろう。後ろからくしゃくしゃと頭を撫でられたので振り返るとそこにはマリがいた。
「ありがとねアユム。だけどこれは私がすごいんじゃないのさ」
そう言うとマリは腕を組み何やら考えていたかと思うと、顔を輝かせて言った。
「そうだアユム、今日はあんたにお姉さんが、おいしい野菜をつくる秘密を教えてあげよう。家に帰ったら汚れてもいいような格好をしてまたここに来な。
クオンもアレ、まとめて持ってきな」
アユムはマリの剣幕に押され、頷くしかなかった。
アユムたちはリアカーを引いて再びマリの元へやってきた。
リアカーには近くの森からとってきた落ち葉と、クオンがどこからか持ってきた何が入っているかもわからない大きな袋がいくつも乗せられている。
一体何が入っているのかと触ってみたら、ごつごつとしたものがびっしりと詰まって重く、アユムには持てなかったほどだ。
そのためリアカーは重く、着いたときにはアユムはもうクタクタだった。
「よーしよく来たね。じゃあ早速裏の畑まで持って行っておくれ」
レイが合流したため多少ラクになったが、畑に着いた頃にはもうアユムは汗びっしょりで、もう1歩も歩きたくなかったくらいだ。
マリの畑は広い。小学校の校庭くらいは確実にあるだろう。
知り合いに手伝ってもらっているとはいえ、こんなに広い畑が必要なんだろうかとアユムは常々思っていた。マリに指示され普段はあまり行かない畑の隅にリアカーを運んだ。
するとどこからともなく、生ものが腐ったような、ひどい悪臭がしてきた。
「うわ、何コレ? 気持ち悪い」
そこには周りよりも少し黒い土と、ところどころ野菜の皮のような生ごみがあるのが見えた。
「え、何で野菜をつくる畑のこんなすぐ近くにゴミ置き場があるの? 汚いよ」
アユムがそう言うと、マリがごつんと頭をこづいた。
「馬鹿な事言うんじゃないよ。罰当たりな」
すぐにニカっと笑いながらマリは言う。
「これがおいしい野菜の秘訣なのさ」
それからマリが教えてくれたのは驚くべきものだった。
魔法を使って大きな穴を開けると、そこに野菜の切れ端など食堂で出た生ごみを入れていく。
さらにリアカーから落ち葉と、袋の中を開けていくのだが、なんと袋の中には動物の骨が入っていた。骨にはおそらく肉がところどころこびりついている。
アユムは顔をしかめ、ついつい顔を背けレイの後ろに隠れた。クオンは手慣れた様子で魔法を使い、大きなものを粉々にして混ぜていった。
「あとは土を被せて放っておけば準備は完了」
マリがパンパンと手を払いながら言った。
「しばらく待って黒い土になったら完成さ。これを畑にまくから私の畑の野菜はおいしいってわけさ」
(…もう野菜食べられないかも)
口を押え青い顔をしているアユムに、マリはすっとニンジンを出して言った。
「これはさっき採ってきて、水で洗っただけだよ」
マリににらまれた上、おいしそうにかじるレイを見て、観念したアユムは渡されたニンジンにかじりついた。採れたてのニンジンはカリッとした歯ごたえに、苦みのない甘さが絶品だ。
それを見たマリは満足そうに笑っている。
「でも結局土に入れるなら、初めから燃やしてまいちゃえばいいんじゃないの?」
(そうすれば骨も見なくて済むし、臭い思いをしなくていいじゃないか)
「面倒だし、時間がかかるからそうしている人もいるよ。でもそれだと土に精霊が宿らないんだよ」
よくわからないと首を傾げるアユムに、マリは教え諭すように言う。レイは何度も聞いた話のようで上の空だ。
「いいかい、私らが食べているものは畑の土に育ててもらったもんだろう? それを分けてもらって私たちは生きているんだ。
そしたら土に感謝の気持ちを込めて、ちょっとおまけをつけて返すのが筋ってもんだ。
それも料理と一緒でただ与えればいいってもんじゃない。
なるべくおいしくなるように、手間暇かけて森の落ち葉や骨を土と混ぜてゆっくり寝かせる。そうすれば精霊たちが喜んで、野菜にとって最高な黒くていい土にしてくれるのさ」
正直アユムはよくわからなかったが、「実際うまいんだから、そういうことにしとけ」と横から小突いてくるレイの言葉に従い、ニンジンをかじりながら納得するしかないのだった。