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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第1章 田舎暮らしはカズイシ村で
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稲霊と収穫祭

 季節は過ぎ行き、朝が涼しく感じられる頃。アユムはクオンと一緒に田んぼの稲刈りの手伝いをしていた。


 この頃わかったのだが、クオンは採れた山菜や狩った肉を村人たちに渡していた。


 これまでにも度々朝起きると畑で採れた食べ物や道具が机の上に置かれていることが不思議だったのだが、クオンが食べ物や労働力を提供して物々交換をしてたものだったようだ。


 だから稲刈りのような雨が降る前に急いで済ませたい作業のときは、クオンとアユムは手伝いに引っ張りだこになるのだった。



 稲刈りには風魔法を使うのだが、穂が地面に触れては台無しなので手で何束か掴みながら刈り取っていく。


 作業が長丁場になるので魔法は刈り取るときだけ。


 そうなると屈みながら作業をしなくてはならず、これが腰に来るツラいものなのだ。


 アユムは全身に汗をかき、何度も休憩を挟みながら手伝っていた。ところが周りを見ると、クオンはもちろん、腰の曲がったおばあちゃんでさえ信じられないスピードで刈り取っていく。


 あれはどんな魔法を使っているのか、あの曲がった腰はこの時のためのものなのかとアユムは目を見開いていた。


 ヒーヒー言いながら手伝っていると、アユムはある穂の中に、おかしなものを見つけた。黒いカビみたいなものがついていて、触ると黒い煤がつく。


「ねぇ、腐った穂があるよ。燃やしていい?」


 アユムは誰かいないかと見渡しながら言った。


「駄目だアユム」


 すると慌てた様子でレイが駆けてきて、アユムから穂をひったくるようして取り、そのままどこかへ持っていってしまった。


 アユムが呆気にとられていると、いつのまにか後ろにいたクオンに頭を撫でながら「よくやったぞアユム」と言われるのだった。




「これは稲霊(いなだま)といって、精霊からの祝福の証さ。そうかい、今年はウチの田んぼから出たんだね、嬉しいじゃないか。今年はきっととびきりおいしいお米が食べられるよ」


 マリはそう言って嬉しそうに笑っていた。


 しばらくするとそこにサリナと母親のコトがやってきて、稲霊を受け取っていった。


 皆がしきりに「おめでとう」と言ってくれる。アユムは何が何だかわからなかったけれど、悪い気持ちはしないのだった。


 すべての収穫が終わった数日後、村を挙げての「収穫祭」が執り行われた。この日ばかりはと惜しげもなく振舞われる各家の得意料理が並び、村の誰もが陽気に笑っていた。


 この日のために練習してきたのだろう。子どもたちの歌声が聞こえ、マリたちも仲のよい母親たちと一緒にダンスを披露していた。


 アユムは「どの家の何がおいしい」とこっそり耳打ちしてくれるレイに案内してもらいながら村中の料理を食べ歩いていた。


「もう食べられないや」


 2人で座り込み、楽しそうに笑う皆を見てアユムたちはしばらく休んでいた。すると「そろそろだな」とレイは言ってアユムを起き上がらせた。


 周りを見ると誰もが同じ場所を目指して移動しているようだった。


 しばらく歩いて着いたのは村の大広場だった。そこにはそれまでなかったいくつかの木の杭が打ち込まれ、しめ縄が張られている。


 さらにそれに囲まれるようにして、土が盛られた相撲の土俵のようなものがあった。「あれは何?」そう聞こうと思ってレイを向くと、その口を手で塞がれる。


「黙って見てろ、声は出すなよ」


 耳元でそうささやくと、レイはそれきりじっと土俵を見ていた。


 灯の一切が消え、誰一人声を出すこともない。静寂な時がどれほど過ぎただろう。


 どこからともなく甲高い笛の音と、「リーン」と鈴の音が聞こえた。


 記憶の奥底に眠った記憶がよみがえる。


 目を凝らした先には、かすかな灯が近づいてくるのがわかる。


 そこには白装束を身にまとった何人もの人が列をつくっていた。

 

 付き従うように火が浮かび道を照らしている。


 伏せているため顔はよく見えないが、背格好と髪の色から、先頭にいるのはサリナだとわかった。


 そろりそろりと進んでいく彼女らの手には赤いお膳があり、その上には村で採れた様々な食べ物が載せられている。


 サリナのお膳には穀物と、あの日アユムが見つけた稲霊(いなだま)が載せられているようだった。


 サリナたちは土俵に着くとしめ縄をくぐり中へと入っていく。そして運んだお膳を積み重ね、北に向かって祭壇のようなものをつくっていった。


 準備が終わるとサリナはすっくと立ち上がりこちらを振り向く。その顔は口と目元に赤い紅が引かれ、別人のようだ。


 間もなくしてサリナは笛の音に合わせて舞いだした。その手には五穀(ごこく)の束が握られ、ゆらゆらとした舞に合わせて粒が零れ落ちる。それが灯を反射してきらきらと光っているようだった。


 アユムは息をするのも忘れ、ただじっとその姿を見つめていた。



 気がついたとき、そこにサリナたちの姿は既になく、土俵の上には祭壇だけが残されていた。はっと横を見るとぶすっと不機嫌そうな顔をしたレイがいた。


「何回声かけても反応ないからそろそろ置いて帰ろうと思っていたところだぜ」


 レイが何かを言っている。


 そのことはわかるのだが、アユムはどこか自分がまだ夢の中にいるような気持ちで何も考えられずにいた。


 それを見てレイはやれやれと首を振るとアユムの手を引き、家に連れ帰ってくれた。


 ぶちぶちと文句を言っているレイの声を頭の片隅で感じながら、アユムはサリナのことを思い出していた。


 鈴の音とともに思い出されるサリナは、色白な顔に白粉(おしろい)が塗られ、目尻に加え口には、耳まで裂けた獣のように真っ赤な紅がひかれていた。


 その姿は何とも恐ろしく、だがどうしようもなく美しく見えてしまった。

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