サリナの独白 神石と私
あの石がどういったものなのかを知ったのは、私が12歳の頃のことです。
その日はとかく強い雨風吹きすさぶ、何がなくても不安な気持ちにさせられる。そんな日でした。
すべての灯りが消え皆が寝静まっている中で、私は雨風の音が気になり独り、眠ることができずにいました。
そんな中、突然ガシャガシャと家の扉を叩く音が闇夜に響き渡りました。
こんな夜更けに誰だろうと、私は音を忍ばせ様子を覗きに行くとそこには父がいて、誰かと一言二言話しているのが見えました。それから間もなく家中が落ち着きを無くしたように、ばたばたと走る音がして、間もなく私の部屋を訪ねる音がしたのでした。
襖を開けるとそこには父とヨミばあ様がいて言いました。
「セリナ、お前にもついにお勤めの日が来たようだ」
それから何が起きたのか、いまいち憶えていません。皆がめまぐるしく立ち回り、気がつけば私は白装束を纏い、お清めと称して冷たい水を掛けられていました。
ぽたぽたと滴る水が廊下を汚していくのをぼんやりと見ながら連れてこられた先は、奥の間の襖の前。襖を開けるとそこにはさめざめと泣く村人と、ヨミばあ様がおりました。ヨミばあ様は厳かに告げます、「これより、分け御霊の儀を執り行う」と。
ここまで連れてきたのもそうだったのかもしれません。いつの間にか後ろに立っていた母様が、無理やり私を座らせます。目の前には布団に横たわる人がいるのですが、私は一目見て、その人がもう生きていないことを悟りました。その人のぬめりと青白く光り輝く冷たい肌が、教えてくれたのです。
それでは傍で泣くこの人たちは、ご遺族の方なのかしら。
そう思って見遣れば、全員の目が私を捉えているのがわかりました。私は後にも先にもあれほど怖い視線を知りません。
「紅き眼で見よ」
ヨミばあ様の声にびくりと体を震わせながらも、私は目を瞑り、意識を集中させました。ゆっくりと目を見開けば、そこにはいつも通り光り輝く人たちの姿があります。
ところがちらりと下を見ればなんと、亡骸からも燃え尽きる前のロウソクの火のように、ゆらゆらと激しく立ち昇る光が見えたのです。
「光を掴み、握り固めよ」
淡々とヨミばあ様が続けます。その声に逆らうことなどできるはずもなく、私は亡骸の光へと手を伸ばしました。
光は手の平に納まると、ぱしゃりと支えを失った水のように、指の隙間から零れ落ちそうになります。私はそれを溢さまいと必死に押さえつけました。
するとそのとき、どろりとした気持ちの悪いナニカが、手の平から私の中へと入り込もうとしているのを感じました。あまりの怖気に驚き、私がつい身を引いてしまうとその瞬間……、手の中の光は砕け、消え失せてしまいました。
「荒ぶる御霊は神に捧げよ」
ヨミばあ様の声に、わっと遺族の方々は泣き崩れました。そのとき私は一体何を考えていたのかわかりません。もう光の名残などない手の平をただじっと見つめ、茫然としていました。
※
遺族の方が帰られた後、私を独り取り残し葬儀の準備は着々と進められていきました。そして翌日、皆が外に出払う中で、私は何を言われることもなく家にいました。
そうなりますとなんせ暇な時間ができるわけですから、私は縁側で座り込み、庭先の花々に無聊を慰めてもらいながらあのときのことを思い出していました。
手の中で光が砕け散る感触と、わっと泣き出した様子がぐるぐると頭の中をめぐります。誰かが私を責めたわけではありませんが、重い罪を背負った意識が私の心を深く苛みました。
気づけば私は立ち上がり、庭先の花に向かって手を伸ばしていました。力を籠めれば簡単に奪うことができる。ですがその光は花の命です。ぽつんと枯れたあのときの花の姿が脳裏に浮かび、私は思わず目を逸らしました。
そのとき、私の左肩に手を当て、後ろから抱きかかえるようにして伸ばした右腕を支えた人がいました。
「紅の瞳に映る光は、あまねく命の光なの」
馴染み深い香りに恐る恐る首を動かしてみれば、すぐそこには赤い眼をした母様の顔。母様はするすると私の手に手を添えると言いました。
「余すことなく握り固めなさい」
私は母様に導かれるまま光を掴み取り、強く握りしめました。引っかかるような手応えだけを残し、手を開いてみれば小さな小さな石がそこにはありました。
「それが分け御霊の儀。それが花の命である神石よ」
すっと母様が離れ目の前に立ちました。その顔には妖艶な笑みが浮かべられています。
母様は身を翻すとさっと手を振ります。赤い眼で見ていた私には、ロウソクの火を吹き消したように、一瞬でたくさんの花の命が摘み取られたのがわかりました。ゆっくりと開いた母様の手からは、さらさらと花の命が零れ落ちていたのでした。
その姿のなんと美しく、そして恐ろしかったことか。
※
次に分け御霊の儀が行われたのは、それから間もない夕暮れ時のことでした。
亡くなったのがまだ幼い子どもだったためか遺された家族の悲しみは深く、憔悴しぼーっとしていたかと思えば、破裂したように泣き崩れるということを繰り返していました。
白装束に身を包み、聖水で身を清めた私は、今度こそはと覚悟を決めます。
「分け御霊の儀を行なう」
ヨミばあ様の言葉を合図にキッと目を見開けば、そこには以前よりもより強く輝く子どもの亡骸がありました。私は一瞬、その強い輝きに見とれてしまいましたがはっと気持ちを引き締めて亡骸と向かい合いました。
もう失敗は許されない。そのとき私は必死でした。
ところが勢い込んで臨んだ儀式でしたが、思いがけずあっさりと終えることができました。溢れ出る光は量こそ多かったのですが、あの躰に入り込もうとするどろりとした厭な感覚がなかったのです。
すんなりといったことに肩透かしをくらった気持ちになり、本当にこれでうまくいったのかと疑心暗鬼になりながらそっと手を開くと、そこには確かに神石があります。その淡くも美しい青い光に顔を照らされながら、私はほっと息を吐きました。
すると遺族の方が大きく目を見開いたまま這い寄ると、奪うようにして神石を取ります。
「ありがとうございます」
その言葉を何度も繰り返しながら、その人は神石を大切そうに両手で握り、頬に当ててその温もりを感じ、涙を流しているのでした。
視線を移せばヨミばあ様が満足そうに私を見つめているのがわかります。これで無事勤めを果たすことができたのだ。胸に暖かい充実感がじんわりと広がるのがわかりました。
翌日、子どもの亡骸は無事北の森へと奉納されました。これからは森の守り神として、村を見守りくださることでしょう。
神石を手に安心したように日常へと帰っていく遺族の方々を見て、私は自分のしたことに強い達成感を抱いていました。




