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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
最終章 神を弑した先にあるもの
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サリナの独白 神童だった私

最後に、どうしても入れたかったエピソードです。

 この村で祀ろわれる「オオカミ様」。

 私の家はそんなオオカミ様に仕える御使いとして、村の信仰を代々取りまとめてきました。一族の一員として生を受けた私も、御使いとなるべく、物心つく前から厳しく育てられてきたのです。


「サリナ、常に心静かに保ち、オオカミ様と人を繋ぐ懸け橋であれ」


 私はそんな言葉を、刷り込まれるように何度も何度も言われてきました。


 毎日の修行は厳しく、何度挫けそうになったかわかりません。しかも私は生まれたときから体が弱く、すぐに熱を出して寝込むような子どもでしたから、おおよそ子どもらしい楽しみというのを知りません。


 私はこの弱い体が憎かった。


 ところが私の母や姉妹は皆、私のことを羨ましいと言います。曰く、私は「神童」ということでした。私にとって魔法とは、息をするように自然にできるものでした。ですから物心ついたころには既に5つは歳が離れた姉よりも魔法の扱いがうまく、何故できないのか不思議だったのを憶えています。


 後から知ったことですが、女系の一族である私の家では代々最も魔法の扱いに長けた女が跡を継ぐしきたりがありました。そこへ村で一番魔法の扱いに長けた者が婿入りすることで、魔法との親和性に長けた血を維持してきたのです。


 ですから魔法の扱いに長けるということは、それだけで一目置かれる存在だったのです。実際当時一族の長であったヨミばあ様は私にとっては厳しくも優しい方でしたが、それを言うと皆が苦笑いを浮かべるように、その扱いには大きな隔たりがあったようです。


 魔法は使いすぎると頭痛、吐き気やめまい、さらには立てなくなるほどの倦怠感に襲われるようになります。しかし神童と期待された私は、幼いころからそれを当たり前のように受け入れていました。

 そこに疑問はありません。そうすることで皆が喜んでくれたからです。

 ……だけど、時折家の外から聞こえてくる楽しそうな声が、少し羨ましかったのも確かです。


 外との隔たりを感じることはほかにも多々ありました。私にとってあの石、「神石しんせき」はおしゃぶりのような親以上に身近な存在でした。村の人たちがあの石無くして魔法を使っていると聞いたときは驚いたものです。私にとって魔法とは、あふれんばかりの魔力をいかにコントロールするかというものでしたから。


 当たり前のように修行を受けていたとはいうものの、どうしても馴染めないものもありました。その一つが、真っ暗な部屋に閉じ込められるというものです。


 これは仕置きでは決してありません。週に一度、朝早く起きて禊ぎを済ませた後、一日中地下にある真っ暗な座敷に籠り、瞑想するのです。


 部屋の中は香が焚かれているため、むっとするような匂いに頭はくらくらします。時には闇の中ナニカが蠢くような気配を感じることもありました。私は何が何だかわからなくなり、吐くものもないのに何度もえずきました。


 何のためにこんなことをするのかと聞いても、「そこにあるものを見極めよ」と言われるばかり。私は毎週その日が来ることが憂鬱で仕方がありませんでした。


 そんな辛い日々が実を結び、とうとう私があの力を使えるようになったのは10歳になった頃のことでした。


 その頃には真っ暗な部屋にも、あの妙な香りにも慣れたものでしたから、ただじっと前を見据え、意識を目に集中していました。


 何かができるようになる瞬間というものは不思議なものですね。それまでできるわけがないと思っていたケン玉も、ある日カチッとナニカがはまると、それまでできなかったことが不思議に思えるほどできるようになります。


 それと同じように、その日私の目の前に見えたのは1頭の白いオオカミでした。それどころか、美しく輝く光が、座敷いっぱいに広がっていたのです。


 私はいま見たことが信じられず、慌てて地下から飛び出しました。するとそこにはそれを予知していたようにヨミばあ様がいて、「よくやった」と褒めてくださいました。あれほど満面の笑みが私に向けられていたのは、後にも先にもありませんでした。

 白いオオカミはいつの間にか姿を消し、もう見ることはありませんでした。


 この力は私の世界を素晴らしいものに変えてくれました。この力を使って見る世界のなんと美しいことか。生きとし生けるすべてのものが光り輝いて見えるのです。ですがそのとき私の目は真っ赤に輝いているらしく、怖がらせてはいけないと人前では使わないように注意しなければなりませんでした。


 人目を忍ぶ夜にこっそりと赤い眼で庭を眺めることが、私の密やかな楽しみになりました。微かな星明りに照らされる中、ぼうっと照らされる光の海は昼よりもなお一層木々や花々を美しくするのでした。


 美しいものを見ると、それを手にしたいと思うのは人の性なのでしょう。ある日私は光に向かって手を伸ばし、その光を摘み取ってしまいました。光はすぐに手の中で散ってしまいます。私は光が散った後の手をじっと見ながら、深い悲しみを感じていました。と同時に、ぞくぞくと背中を走る背徳感に身を震わせました。


 ショックを受けたのは次の日の朝のことです。


 朝ごはんを食べようと庭を通り過ぎるときにちらりと見ると、花が一斉に盛りを迎える中、ぽっかりと枯れているところがありました。何だろうと想いを馳せれば、そこは私が昨夜、光を摘み取った花だったのです。私は自分のしたことの意味に気づき、思わずその場に立ち尽くしました。


 自分が酷く汚らわしいもののように思え、それ以来光に手を伸ばすことは辞めたのでした。

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