職人の矜持
A級冒険者ともなると、会いたがる人も多い。
アユムが街の情報誌やポスターに使われたこともあり、街を歩けば多くの人憧れの目で見られ、ぜひ一言でもと求められることも増えた。
アユムが冒険者として何をしているのかも詳しく知りえない人たちの中で、アユムという偶像だけが広がっていく。
彼らはアユムを通して、自分の理想を見ているようにしか思えなかった。
初めはまるでスターのようだと嬉しさと気恥ずかしさを感じていたアユムも、そのことに気づいてからは義務のようにそれをこなすようになっていった。
期待を裏切らないように、心を押し殺して大人の対応を心掛けたのだ。
華やかなパーティーに招待されるのにも慣れたものだ。
ジミーは以前にも増してアユムをパーティーに誘うようになった。
会う人は皆財政界でひとかどの人物ばかり。その誰もがアユムのことを褒めたたえた。
そんな中である日、口を真一文字に閉じ、切実な目で見つめる青年がいることに気がついた。
青年はいつまで経っても人混みが途切れないことに業を煮やしたのか、人を押しのけ、悲鳴と非難の声をものともせずつかつかとアユムに詰め寄った。
アユムは不満を寄せる人たちに謝罪をしてから青年と向き合う。
「どうしたのかな?」
青年はまっすぐな目を向けて言った。
「俺、あなたにどうしてもお願いしたいことがあるんです」
その青年は名前をカジトといった。短髪で精悍な顔つきに、引き締まった体とマメだらけの手をしていた。
「俺の田舎にある実家は、代々鍛冶屋を営んでます。
でも俺次男なもんで、成人したときに街に出されました。街には親父と知り合いの鍛冶屋がいたんで、何とかいまの親方の下に弟子入りすることができたんす。
いまは少しでも生活しやすくなるようなものをつくりたくて修行してます。
そんで俺、いまどうしてもつくってみたいものがあって、でも俺の力だけじゃどうしようもなくて、アユムさんにお願いしたいと思って来ました」
アユムはまっすぐに自分のしたいことを語るこの青年を、どこか新鮮な気持ちで眺めていた。
いままでアユムがパーティーで会ってきた職人たちといえば、いかにキュウコ様に寵愛されていて、受けた天啓を基に技術を再現したのかといった話ばかりだったのである。
「それはどんなものなの?」
「えっと、まだ本当にできんのかはわかんないんすけど…。あ、でもどんなものになるのか頭の中にはあるんす。
俺、母ちゃん去年亡くしてて、でも手紙でそれ知ったときには、もう葬式も終わってたんすよ。
そんなのこの街じゃよくあることだってくらいわかってんすよ。でもなんかヤじゃないすか。
だからどんなに遠くにいても、いつだってその人の元気な声が聴ける。そんな道具をつくりたいんす。
ただその研究にはどうしても深層にいる『ラルパス』って魔物が稀に落とすテレパス結晶がいくつか必要なんすよ」
ラルパスといえば、パーティーを組んでくる厄介な魔物ということで有名だ。
個々の戦闘能力はともかく、ラルパスがいると魔物が何らかの手段で意思疎通をしているとしか思えない連携した動きをするようになる。
レアドロップであるテレパス結晶は、持っていることで多少の距離ならメッセージを送りあえるという特徴があった。
技術者なのだろう、カジトの話に聞き耳を立てていた男たちがあざ笑い、やじを飛ばしてきた。
「なんだそんなもの。すでにキュウコ様の啓示によるテレフォンという道具があるのを知らんのか?」
「あれは違うんす!
高価な導線がなければ届かないし、そもそも村ほど離れると使えない。
俺がつくりたいのは、導線が無くてもどんな遠くにいる人にも声を届けられる道具なんだ」
その声にざわめきと共に、動揺が一気に広がる。
「むやみに他国と繋がる恐れのあるものは、教義により禁止されているのを知らんのか。なんて恐ろしいことを」
カジトとアユムを避けるように人が退いていく。
「教義、教義。どいつもソレばっかじゃねえすか。俺は自分がつくりたいと思うものを、ただ追及したい。それだけなのに」
カジトの声は荒々しいが、その顔はどこか泣きそうに見えた。
「ものづくりが好きなんだね」
「そうなんす。もちろんすぐにできるなんて生易しいものじゃねえ。失敗することばっかだし、どんなにいいと思ったアイディアも、すぐにやっぱ駄目だって壁に何回もぶち当たるんす。
でもあるんすよ。その壁を乗り越えた先ってのが。
突然ぱっと目の前が開けて、そんでできあがったもん見ると、もう頭の中が真っ白になるんす。
それからそれを使ってる奴らの幸せそうな顔見てると…頑張ってよかったなって、心から思えるんす」
表情をころころとさせながら誇らしそうに語るカジトは、この場にいる誰よりも輝いて見えた。
アユムは酷く羨ましくなってしまった。
「でも……」
そこでカジトは申し訳なさそうに言った。
「正直、そこまで多くの金があるわけじゃないんです」
おずおずと渡された小袋の中には、金貨が数枚あるものの、ほとんどは銀貨や銅貨だ。
確かに深層にいるラルパスのレアドロップを複数集めようと思えば、桁が違う金が必要になるだろう。
だがアユムはカジトをどうにかして助けてやりたいと思っていた。だからOKを出そうと口を開きかけた時だった。
「足りない金額は、私がお出ししますよ」
微笑をたたえつつ姿を現したのは、街で一番の商店を営むヨーグだった。
「カジトさん、でしたよね?
あなたの話は聞いています。この街で『神の奇跡に抗う発明家』と言われているそうですね」
いままで周りの批難中傷を受け、どんなにか厭な思いをしてきたのだろう。カジトは下を向き、唇を強く噛みしめているのが見えた。
「アユムさん、彼の依頼を是非受けてあげてください。不足分は私がお支払いしますので」
先ほどは聞き違いだと思ったのだろう。カジトが目を見開いて聞き返すと、ヨーグの手を握り、ぶんぶんと上下に振りながら感謝の言葉を何度も述べるのだった。
後日アユムはテレパス結晶を5つばかりカジトの元へ持って行った。
その頃にはヨーグの支援を受け、カジトは新しい鍛冶場兼研究室に越していた。カジトは結晶を受け取ると子どものように目を輝かせ、お礼もそこそこにすぐに研究室へと引きこもっていった。
これから結晶の性能チェックとシステム解析をするらしい。アユムはその後ろ姿をほほえましい気持ちで見ると、その場を去っていった。




