悪意の部屋
「まさかオーガを倒せるとは思ってもみませんでした」
パチパチと手を叩き歩み寄る男がいた。シンだ。
悪びれることなく近寄ってくる。その飄々とした態度に呆気にとられ、怯えるアユム。
レイが素早く剣を構えた。
「安心してください。もう危害を加えるつもりは毛頭ないですから」
「どういうつもりだ、お前」
レイが剣を降ろすことはない。
「ただの新人歓迎ですよ」
シンは小さな袋をぽんと投げてきた。警戒しつつ中を見ると、そこには金貨がずっしりと詰まっていた。
ますます目に怒りを溜め、にらみつけるレイ。
「この部屋、僕のお気に入りの部屋なんです」
シンは両手を広げ、語りだした。
「以前僕も、いまの君たちと同じように先輩冒険者に連れられここに誘い込まれたことがあるんです。
自分の地位を脅かす僕がよほど目障りだったんでしょうね。
この部屋は何故か深層にしかいないはずの魔物が出るので、代々新人潰しに使われてきたようですね。
いまこの場所を知っているのは僕だけですけど」
何がおかしいのか、くっくと笑う。
レイが動いたそのとき、いつの間にか握られていたシンの剣がレイの首筋に押し当てられていた。
「切りつけてきてもいいですけど、オーガも倒せないあなたでは死にますよ。
僕と違って、君程度の実力じゃね」
笑顔が消え、石ころを見るような目でレイを見ていた。
レイはギリリと歯を食いしばり、たえている。
「それより」とシンは剣を納めるとアユムに笑顔を向けた。
ここがパーティー会場かと見紛うほど、その笑顔はいつもと変わらない。そのことが恐ろしくて仕方なかった。
「アユム君、君は本当に素晴らしいね。
魔石の臨界状態をコントロールし、矢に括り付けて爆弾のように使うことができるとは。
あれには余程緻密な魔力コントロールが必要なはずです。どこでそんな技術を学んだのですか?
それと、あの青い光を放つ石は、一体何でしょう?」
「答えるつもりはありません」
アユムはきっとにらみつけたまま答えた。するとシンはやれやれと肩をすくめて言った。
「あのとき君に魔石を投げてよこしたのは僕ですよ。あれが無ければ君たちはここで死んでいた」
「そもそもあなたがここに連れてこなければ!」
「ダンジョンは深層へ行くほど、このようなトラップは増えていきます。
君は言いましたよね。深層の探索ができる一流の冒険者になりたいと。それならこれくらい、乗り越えて当然でしょう」
悔しそうに眉根を寄せ、唇を噛みしめるアユムを脇に寄せレイが訊ねた。
「では何故あなたは助けるような真似を?」
「勿体ないと思ったからです。
魔法はある程度なら誰にでも使えるものですが、魔石をつかった強力な魔法は誰にでも使えるわけではないし、暴走するリスクも高い。
しかしアユム君はあれほど強力な魔法をいとも簡単に使いこなして見せた」
じっとりとした視線が、品定めするようにアユムに纏わりつく。
「暴走することなく強力な魔法を使える魔法使いは、喉から手が出るほど欲しい人材です。それが君を助けた理由です。
もう1度聞きます。アユム君、僕と一緒にダンジョン探索をしませんか? 今度は正式なパーティーとして」
「誰がお前なんかと」
アユムは叫ぶように答えた。
「それは残念です」
シンは拗ねたように言うと、くるりと背を向けた。
「でもいつか、また君から声をかけてくれると信じていますよ。
ダンジョンの深層とは、情だけで攻略できるような生ぬるいものではない。大人になることです」
※
「ギルドに報告しよう」
シンが去った後、何とか帰り着いた部屋の中でアユムは言った。
「こんなことが許されていいはずがない」
しかしレイは「無駄だ」と吐き捨てるように言った。
「ダンジョンではすべてが自己責任だ。たとえ何が起きようと、ギルドは何もしてくれない。
ましてや相手はA級冒険者のシンだ。信頼も、実績も天と地ほど違う。被害妄想扱いされて話も聞いちゃくれねーよ」
「でも、キラリさんならきっと信じてくれるよ」
レイは忌々しそうに舌打ちすると深くため息をついて言った。
「いい加減、わかってんだろ? あの女はお前を利用しているだけだ。
あの女にとってお前みたいな男はごまんといる。シンと天秤にかけられて、切り捨てられるのがオチさ」
かっと怒りに駆られたアユムは無言で部屋を飛び出していた。
外はすでに暗くなっていたが、ギルドにはまだ多くの人がいた。そのためキラリも忙しく冒険者の対応をしていた。
「キラリさん」
受付を待つ人を押しのけて、アユムはキラリのいるカウンターへと向かった。キラリはそんなアユムを見ても驚くことなく、微笑を浮かべ、ゆるりと構えている。
「今晩は、アユムさん。順番はちゃんと守らないと困りますよ」
先ほどまで怒りで火照っていた頭が、キラリの対応に出鼻をくじかれたようにしぼんでいく気がした。
「あ、ごめん。でもどうしても話したいことがあって」
すっとキラリの手が伸び、人差し指がアユムの口に押し当てられた。
「シンさんとのいきさつなら、ある程度なら私も知っています。まさかアユムさんまで危険な目に遭わせるなんて。
シンさんには私からも厳重注意をしておきましたので安心してください」
「それよりも」キラリは顔を寄せ、耳音で囁く。
「魔石を使えること、黙っていたなんて酷いじゃないですか」
ぱっと飛びのいて、アユムは距離をとった。
「アユムさんは一流冒険者になれる選ばれた人間なんです。
シンさんの行ないに怒る気持ちもわかります。
だけどアユムさんも大人なんですから、ダンジョン探索のためにはときに私情を捨てなきゃいけないって、わかってくれますよね?」
にっこりと笑うキラリ。
「まずはレイさんとパーティーを解散して……」
そこまで言いかけたところで、アユムがカウンターを強く叩いた。キラリが目を見開いて驚いている。
「狂ってる。お前らは狂ってるよ」
アユムは呼び止めようとするキラリの声を無視してギルドを飛び出した。
部屋に戻るとレイは、アユムの顔を見て「おかえり」とだけ言って迎えた。




