憧れの存在
会場ではジミーの後ろについて何人かと挨拶を交わしたが、アユムは最早誰にあったのかも覚えていなかった。
精力的に動くジミーについていけず、壁際の椅子に座り込む。
ぼそぼそとそこらにある料理をつまむのだが、見たこともない高級食材でつくられたそれらはちっとも美味しくない。
(帰りたい)
アユムは何度目かわからない後悔から、深くため息をついた。
「君、初めて見る顔だね」
するとそこに声をかけてきた男がいた。
歳はアユムよりも少し上、20代後半くらいだろうか。
高級そうな身なりの下にあるがっしりとした体型と隙の無い動きが、彼が冒険者であることを物語っている。
「驚かせてしまったらすまない。僕の名前はシン。僕も冒険者なんだ。冒険者同士、ちょっと話さないかい?」
話によればシンはなんとA級冒険者だった。ギルドカードにもしっかりとA級の文字が刻まれている。しかしそれを自慢する素振りはない。
落ち着いた声に話し方。何を言っても否定せずに聞いてくれるのは心地がよかった。
アユムは気づいたら、さっきジミーが「時計はマウントとるためにある」と言って驚かされたことを話していた。するとシンは快活に笑い言った。
「商人には商人の戦いがあるのさ。そういった意味では冒険者と変わらないかもしれない。商人にとって、アクセサリは武器なのさ」
「アユム、知ってるかい?」シンはアユムを引き寄せ、耳打ちした。
「彼らにとって良質な魔石や魔物の素材の入手先は死活問題だ。だから手練れの冒険者との繋がりは喉から手が出るほど欲しいし、繋がりがあるということだけでほかの商人より優位に立てる。
これは僕らにとっても悪いことではない。向こうは僕らを繋ぎとめようとあらゆる便宜を図ってくれるからね。
だから相手がどれほど手練れな商人か、君も見極められるようになったほうがいい」
「さっき君が僕の体つきや仕草を見たようにね」シンはそう言っていたずらっぽく笑った。
(こんなすごい人が自分なんかの話に興味を持って、しかもアドバイスまでしてくれるなんて)
A級冒険者といえば、到達できるひとはほとんどいないスターのような存在だ。アユムは舞い上がって村で狩人をしていたことまで話していた。
特に風魔法を使って周囲の状況把握をしていることを話すと、シンはとても感心したように聞いてくれた。
「そうか、アユムは狩人としての経験を生かしてダンジョン探索をしているんだね。
僕らも3人でパーティーを組んでダンジョン探索をしているんだけど、やはり索敵が一番難しい。」
「どうだろうか、今度一緒にダンジョン探索をしてみないか?」
あまりに唐突な申し出に戸惑い、アユムはしどろもどろになってしまった。「レイにも聞いてみないと」とか言っていた気がする。
シンは「今すぐ決めなくていいから、考えておいて」と笑うと、握手を交わして去っていった。
シンから言われたことをぐるぐると頭で反芻しながら、アユムは深く息を漏らし冷めた料理をぱくついた。やっぱり美味しくなくて、顔をしかめた。
「アユム、ここにいたんですか」
ぎょっと身構えるアユム。ジミーはそれを不思議そうに見ていた。
「何ですか、悪だくみが見つかった子どもみたいな顔をして。それよりあなたに会いたいって人がいるんです」
ジミーは振り返り声を掛けた。
するとカツカツと音を立てながら、キラリが歩いてきた。
ギルドで受付をしているときとはまるで違う姿に、思わず目を奪われた。
長い髪はふんわりと丸く後ろでまとめられており、一部が流れるように耳にかかっている。
肩が出た青いドレスはすらりと長い首を映えさせる。白く美しい肌を辿れば、首にかかったエメラルドの宝石が輝いていた。
そこまで見てぱっとアユムは目をそらした。
「ご、ごめんなさい。あんまりにも綺麗で」
ジロジロ見すぎたと反省する。その様子を見て、キラリがくすりと笑った。
「驚きました。アユムさんもそんなこと言うんですね。意外です」
アユムの顔をからかうように覗き込むキラリは、とても可愛かった。
その後も服装のことをからかわれながらも、アユムはキラリと話ができて嬉しいと感じている自分に気づいた。
しばらくの間二人で話をしていた。しかしどんな話をしていてもふと気づけば沈黙が生まれてしまう。
(さっきまではあんなにうまく話ができていたのに)
気持ちばかりが焦り、話が上滑りしていく。ジミーの時計の鉄板話は不発だった。そして遂には何を話せば正解なのかわからなくなっていた。
だから「ところで」とキラリが話してきたとき、アユムは藁にもすがる思いで耳を傾けた。
「さっきアユムさんが話していたの、A級冒険者のシンさんですよね。お知り合いだったんですか?」
「いや、さっきシンさんから声を掛けてくれて少し話したんだ」
肩透かしを食らった気持ちだったが、これで盛り上がるならとアユムは努めて明るく話した。
「今度一緒にダンジョン探索しないかって誘われたんだ。シンさんのことを知っているの?」
その途端、キラリの顔がぱっと輝きアユムの顔をまじまじと見てきた。
「え、シンさんから誘われたんですか? それは凄いことですよ‼
来歴一切不明、伝説のA級冒険者。もちろんすぐにOKしたんですよね。いつ潜るんですか?」
食い気味に詰め寄るキラリにアユムは戸惑う。
「え、まだいつとは…。レイとも相談しなきゃいけないし」
その言葉にキラリは打って変わって顔を曇らせる。
「あぁ、そういえばアユムさんはまだレイさんとも組んでいましたね。
別に初期メンバーといつまでも組み続ける必要もないんですよ。ここだけの話、レイさんはアユムさんが来るまでしばらく、誰とも組まずソロで潜っていた変わり者ですし」
「レイは優秀な冒険者だよ。それこそ俺なんかよりずっと」
ムッと顔をしかめるのを見て、キラリが慌てて言った。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて。
でも相性もありますから、階層によってはパーティー編成を変えたりしなきゃいけないこともありますし。いまから色々な人と組んでおくのも冒険者として普通のことなんですよ」
それからもキラリは何かと話を振ってくれたのだが、結局話は盛り上がらないまま終わった。
「それじゃあそろそろ。私も挨拶に行かなければいけなくて」
キラリはそう言って立ち去ろうとする。
(このまま終わらせたくない)
アユムは思わず手を取った。
「あの、もしよかったらだけど。今度食事にでも行きませんか? もちろんキラリさんの都合のいいときに」
意表を突かれキラリは目を見開くが、すぐに花咲くように笑って言った。
「そうですね、では3日後のお昼に」
その言葉にぱっと表情を明るくし、アユムは何度も頷いた。
「3日後、大広場で待ち合わせ」
キラリと別れた後そうつぶやき、アユムはガッツポーズをした。
「ねぇジミー、デートにぴったりな昼食って、どこか知ってる?」
帰り道、ジミーと合流したアユムは意を決して訊ねた。するとすべてを察したのか、にやにやと笑いながらすぐにお勧めの店をいくつか教えてくれた。
「それと、3日後ならお昼を食べた後、是非行ってほしい場所があります」
ジミーはアユムに耳打ちした。
「それはいいね! ありがとうジミー」
アユムは満面の笑みを浮かべ、ジミーに抱き着いた。
「デートの成功、心よりお祈りしてますよ」




