オオカミ様の遠吠えが聞こえる
カズイシ村では夜中になると時折、遠吠えが聞こえることがあった。
その声は犬の遠吠えに似たものだったが、それよりも細く、高く、いくつもの音が寄り集まって一つの大きな声になっているようだった。
アユムはその音を聞くたびに、家のすぐ近くにたくさんの獣がいるような気がして、怖くてたまらなかった。
「クオン、クオン。外に何かいるよ」
恐怖のあまり泣き出しそうになると、アユムはクオンの寝床に潜り込んだ。
「あれは、オオカミ様の呼び声だ」
最初、わけも分からず泣くアユムに、クオンが話してくれたことがある。
「食べ物や暖かな家、そして人。この村には獣が喜ぶものがたくさんある。オオカミ様はそれらを守ってくれているんだ。
でもその恐怖を忘れるな。オオカミ様は命を奪う恐ろしい神様なのだから」
クオンはそう語ると眠ってしまった。その夜アユムは何度も自分のすぐ傍に、耳まで裂けた大きな口をしたオオカミがいる夢を見て飛び起きるのだった。
※
次の日、アユムはマリの宿屋で食事をしながらオオカミ様のことを聞いてみた。
「馬鹿だなお前、まだオオカミ様なんて怖がってんのか?」
開口一番、呆れたようにレイが言った。と思ったら、口元に指を当て何かを考えてからにやりと笑って言った。
「なぁアユム、こんな話を知ってるか?
ある日一人の子どもが村の外に遊びに出たらしい。夕方を過ぎ、帰ろうと思ったんだがここがどこだかわからない。道に迷っちまったんだろうな。泣きそうになったとき、ふと後ろから何かがついてくる気配がしたそうだ。
何かいる。
そいつは子どもがどんなに速く走ってもついてくる。懸命に足を動かし続けた。――するとようやっと見慣れた村への道が見つかったんだ。
これでやっと帰れる。
そう思った子どもは最後の力を振り絞って駆けだした。だけど疲れていたんだろうな。木の根に足を引っかけて転んじまった。
その途端、後ろからついてきたオオカミ様がやってきて耳元まで裂けた真っ赤な大きな口が喉元をガブリ。子どもは二度と家に帰ることはできませんでしたとさ」
アユムは息を飲み、泣きそうな顔になった。そこへ
「何を罰当たりなことを言ってんだい」
マリが現れレイに拳骨を入れた。
「死んじまった子どもがどうやって死んだときのことを話すんだよ」
思わず胸を撫でおろしたアユムを見て、悔しそうにするレイ。
「まったく、あんたらがいま食べている野菜やお米だって、オオカミ様がいるから食べられるんだからね。ほかの村だったら、大変な思いをして獣から守らなきゃいけないんだから。
感謝こそすれ、人殺し扱いするなんてもってのほかさ。私にゃオオカミ様の遠吠えは子守唄に聞こえるよ」
そう言って豪快に笑うマリだった。




