神殺しの大罪
次の日、アユムは半ば押し出されるようにして北の森へと向かった。
慣れ親しんだ道。しかし以前にオオカミ様の石像があった場所には木塀が打ち付けられており、よく見れば道の傍らに石像の欠片が転がっていた。
さらに森の様子は以前とまるで違うものになっていた。
鬱蒼とした木々は、村の再建に使われたのだろう。伐採され、明るく光が差し込んでいる。
切り開かれた場所には、木材として人気の高い品種の木が植えられていた。古く、ウロのあるような木はほとんどない。
(もうこの森では、あのハチミツが採れることはないんだろうな)
年月を経るにつれ、近づくどころか駆け足で変わっていく村の姿に、アユムは裏切られたような深い悲しみに打ちのめされていた。
いつの間にか、アユムはまだ村人の開拓も進んでない森の深くまで歩いていた。懐かしい暗がりにほっと胸が安らぐ。
そのとき、木の間を何かが横切り、次の瞬間さっきを感じアユムは身を翻した。
「ガチっ」という牙が空を噛む音を鳴らし、1匹の獣がアユムのすぐ傍を通り過ぎる。アユムは素早くナイフを構え獣と対峙した。
その姿はかつて石像で見た姿と似たものだった。しかし石像ほど口は大きく裂けてはおらず、犬に似ている。口からよだれをだらだらと垂らし、にじり寄ってくる。
(来る!)
殺気が一瞬で膨れ上がり、シルバーウルフが大きく飛んだ。
アユムはとっさにすれ違うように前に飛び、ナイフで首元を狙う。
しかしそれがわかっていたように、シルバーウルフは素早く体を反転させて躱す。ナイフは足を掠めただけだった。
(このままではまずい)膠着状態に陥ったアユムは焦りに駆られていた。
シルバーウルフは群れで行動する。このままでは囲まれるだろうことはわかっていた。
アユムはそこで賭けに出ることにした。
ナイフを投げ、素早く距離を詰める。ナイフを躱したシルバーウルフは、突如詰め寄ったアユムに驚き、一瞬身を強張らせた。
アユムはそこにあらかじめ準備しておいた風魔法で疾風を放ち、シルバーウルフを切り裂いた。
シルバーウルフの亡骸を傍らに、荒い息をつく。
シルバーウルフの体がサラサラと消えていく。何とも言えない思いを抱きながらも、ぐずぐずしているわけにはいかない。アユムは魔石を回収し、村へと駆けだした。
その日は村中の人から喜びと感謝の言葉を寄せられた。
(…魔物なんだ。これでいいんだ)
アユムは自分に言い聞かせた。
※
次の日からアユムは弓や罠を中心に、慎重にシルバーウルフの数を一体ずつ減らしていった。だが依頼にあった群れのリーダーである白いシルバーウルフは見つけられずにいた。
シルバーウルフを倒すたびに、力がみなぎるのを感じる。
手に入れた魔石が50を超える頃、アユムはシルバーウルフを造作もなく、作業のように倒すことができるようになっていた。
シルバーウルフを殺めることに心動かす代わりに、過去のカズイシ村での思い出にばかり思いを馳せていた。
森を歩けば思い出すのはクオンとハチミツを採った日のこと。そして…葬儀の日のこと。
気づけば森の合間にぽっかりと開け、光刺しこむ場所に辿り着いていた。葬儀の際に棺を置いた場所だ。そこにはいつからいたのか、白い毛皮の1匹の美しいオオカミがいた。
座り込み、ただじっとこちらを見つめている。その目は穏やかだ。
アユムは構えることもせず見惚れていたのだが、そいつが襲ってくることはなかった。
ただ何かを待っているように、アユムのことを見つめているのだ。
アユムは黙って矢をつがえる。
するとそいつはすっと目をつむった。
矢を放ったとき、アユムは大切な何かを失った気がして思わず手を伸ばした。しかし一度放たれた矢は戻ってくることなどなく、額に突き刺さる。
そいつは倒れ、そのまま起き上がることはなかった。
サラサラと崩れる体を抱きかかえ、アユムは涙をこぼしながら何度も謝罪した。
身勝手な人の営みに振り回された愛しいオオカミを、この手で殺した罪に押し潰されそうだった。
(いっそこのまま共に死にたい)
そう願っても崩壊は待ってくれない。そして最後には一回り大きな魔石と、白い毛皮が遺された。
シルバーウルフのユニーク個体のドロップ素材である白い毛皮は、是非にと請われ金貨3枚で村長に引き取られた。自身の功績として残す、資料館にでも展示するのだろう。
その日は盛大な宴が開かれたらしいが、アユムは早々に帰ったので詳しいことは知らない。
この村にオオカミ様はもういない。これからは魔石を使った結界が、村を守ってくれるそうだ。




