オオカミ様のいない村
次の日、アユムはC級に上がるため冒険者ギルドを訪れていた。
要件を伝えるとすぐにキラリが駆け寄ってきた。
「やっとその気になってくれたんですね。私、信じてます。きっとアユムさんは素晴らしい冒険者になれます」
嬉しそうに話すキラリはすぐに1枚の依頼書を取り出した。
「これがC級昇格のためのクエストです。
依頼内容は『村人を襲うシルバーウルフの討伐』です。
じつはこの依頼、復興したカズイシ村の村長からの依頼なんです。
村を復興したはいいものの、シルバーウルフが村人を襲う事件が頻発しているそうです。
故郷のためにも、是非アユムさんにお願いしたいと思っていました」
あのガレキしかなかった村が、よみがえろうとしている。ジミーは着実に復興を進めてくれていたようだ。
「わかりました。あの村のために僕ができることがあるなら、それは嬉しいことですから」
アユムが快諾するとキラリはぱっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます。アユムさんならそう言ってくれると信じていました。
シルバーウルフは手強い魔物です。ほかの村ではこれまで、発生するたびに少なくない被害が出ています。くれぐれも準備は念入りにお願いします」
その後、キラリからシルバーウルフの特徴について教えてもらうアユム。
そのどこか聞いたことのある特徴に厭な予感を感じながら、再びカズイシ村へと旅立つのだった。
出発前夜、レイが言った。
「名前が違っても同じものもあれば、名前や姿が同じでも、まるで違うものもある。あの村はもう俺たちのカズイシ村とは違うかもしれない。
何があっても、お前は生きて帰ってくれればそれでいい」
※
2年も経っていないのに、カズイシ村は見事な復興を遂げていた。
流れる小川や祭りが行なわれる広場、さらにはマリの宿屋など。以前とほぼ変わらない光景がそこには広がっていた。
アユムは懐かしい気持ちで思わず駆けだした。もちろん宿屋にいたのはマリではなくて、そのとき
胸はチクリと痛んだけれど、それでもアユムは十分だと思えた。
村長から話があると呼ばれた先は、やはり村で一番立派なヨミの家があった場所だった。
「よく来てくれました」
アユムを迎えてくれたのは、60に差し掛かろうという男だった。ハキハキとした話し方で、さわやかに笑う人だった。
「ギルドから話は伺っております。とても腕の立つ狩人だと。知っての通り、このカズイシ村はかつて災厄に見舞われましたが、いまはこの通り、立派な村を再建することができました」
誇らしげに語る村長。短い期間でここまで再建できたのだ、よほど苦労してきたのだろう。だがその男の顔が曇る。
「しかし困ったことに、最近村人をシルバーウルフが襲うのです。
もう村人が5人もやられました。
奴らは夜半になると、老人や子どものいる家を狙って押し入るようです。何匹もさざ波が押し寄せるように。
奴らが去った後には、喉元や腸を食いちぎられた死体が残るばかり。
いまでは奴らの遠吠えがする度に、村人は恐怖で震えて寝ることもできません」
「オオカミ様は、どうされましたか?」
アユムは覚悟を決めて訊ねた。
「はて、オオカミ様とはいったい何でしょう?
あぁ、そういえばかつてこの村にはそのような言い伝えがあったようですね。予算の関係で石像は建てられませんでしたが、話には聞いています。
今では語り継ぐものもおりませんし、無用の長物ですから」
アユムはその言葉に、深くため息をついた。やはりという疑念は、確信に変わりつつある。
「つかぬことをお伺いしますが。もしかしたらシルバーウルフとは、かつてこの村にあった石像と、同じ姿をされていますか?」
「えぇそうです。最初はシルバーウルフの石像なんて、おかしなものがあると思いました。もしかしたら厄除けのために、あのような恐ろしい像をつくっていたのかもしれませんね。
昔の人が考えることですから、何の意味があったものやら」
おかしなことを聞くものだと、男の顔に不審の影が差すのがわかった。
「とにかく、村人を害するシルバーウルフを、一刻も早く討伐してほしいのです。
群れにはユニーク個体と思われる、白い毛皮のシルバーウルフがいます。そいつさえいなくなれば、統率を失い逃げていくはずです」
村長はそう言って、深く頭を下げるのだった。
「森の様子を見てきます」
依頼を了承した後、ふらふらとしながら立ち上がり、その場を辞去した。
※
家を出ると、入り口の門のそばには一人の女が座りこんでいる。女はアユムが出てくるのを見ると、すがりつくようにして言った。
「あなた、依頼を受けた冒険者よね」
憔悴し、心労のためかやつれているのに、落ち窪んだ眼ばかりが爛々と輝いている。
聞くに、女は最初の被害者の家族のようだった。その勢いに戸惑いながらアユムが頷くと、女は安心したように言った。
「あぁ、よかった。これでやっと家族の仇が打てます。
私の子どもは帰り道を襲われ、道にはあの子の頭だけが残されました。怒り狂った夫は後を追うように闇夜に消え、二度と帰ることはありませんでした。いまも消息がつかめません。
私が止めておけばよかったのです。
そうすれば二人とも死ぬことはなかったのに。
いまでも無残に殺された子どもの顔が、まぶたの裏にはっきりと映ります。
私が悪かったのです。
お願いします。私にできることでしたら何でも致します。仇を、どうかシルバーウルフを、殺してください」
アユムは大人がこれほどまで取り乱し、さめざめと泣くところを見たことがなかった。
「やめてください。もう大丈夫、大丈夫ですから。僕が何とかしますから」
気づけば口から出てしまっていた。すると女は何度も感謝の言葉を告げると、「よろしくお願いします」と何度も繰り返し去っていった。
すっかりくたびれ果ててしまったアユムは、まずはゆっくり休みたいと宿屋へと向かった。
宿屋では、シルバーウルフを討伐するアユムを応援しようと、特別に仕入れた魔物肉を使ったたくさんのご馳走と酒が振舞われた。
中にはこの地で採れたものでつくられたものもあったが、素材こそ見たことはあっても食べたことのない味付けに、もの悲しさばかりが募った。
宴会も終わろうかといったそのとき、かすかな遠吠えが聞こえてきた。するとあれほど賑やかだった話し声が、ぴたりと止まる。
「おぉ厭だ。シルバーウルフの遠吠えだよ。今日は遠いからまだ大丈夫なようだけど、あんなのがすぐそばにいるかと思うと、うかうか寝てもいられない。ねぇあんた、よろしく頼みよ」
アユムは力なく頷くしかない。その遠吠えは、馴染み深い声だったからだ。
その日は部屋の暗がりで一人、ヨミに聞かされたことを思い出していた。
「オオカミ様は我らをお守りくださるが、決して人のために在るものではない。
人が定めし境界を越えてしまったとき、その牙はためらうことなく我らに向かう。そのことを忘れてはならん」
オオカミ様の信仰は、すでにこの村にはない。
この村にとってはシルバーウルフという魔物であり、害獣なのだ。アユムは昼間に会った女や女将の話を思い出し、憂鬱な気分から抜け出せずにいた。




