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オオカミ様がいた村  作者: 降雪 真
第2章 欲望と発展の街イナリ
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初めての魔物討伐と醜悪な結果

 そんなある日、森で薬草を採取していたアユムはいつのまにか、獣が殺戮(さつりく)されたいつかのあの場所に来ていた。


 森はあの時の凄惨(せいさん)な光景が嘘のように、静かな姿を取り戻している。アユムはその場に寝そべり、木々のざわめきや鳥の声に耳を澄ませていた。


「たす、けて」


 そのとき、かすれたような声がアユムの耳に届いた。アユムは飛び起きて辺りを見渡すが、そこには誰もいない。


 ひどく胸騒ぎがしたアユムは、聞こえてきた声を頼りに一帯を探してみた。


 すると木の陰、窪みとなっているところに、一人の少女が倒れていた。


「大丈夫か⁉」


 駆け寄ると、少女は息も絶え絶えな様子だったが、アユムを見た途端かっと目を見開き、狂ったように訴えだした。


「助けて! ゴブリンが、ゴブリンがやってくる」


 泣き叫ぶ少女を宥めようと抱きしめる。


 すると少女の足が潰されているのがわかった。骨は折れ、足はあり得ない方向に曲がり、血塗れだ。


(一体何が?)


 混乱する中、「ゲゲゲ」と奇妙な笑い声が近づいてきた。


 びくりと少女の体が震え、その顔は恐怖に引きつっている。何者かの気配にぱっと後ろを振り向くと、そこには見たこともない化け物がいた。


(こいつは魔物⁉ ゴブリンがなんでこんなところに?)


 緑色の皮膚に、異常に腹が膨れた子どものような背格好。さびた短剣を片手に、どことなく人に似た顔でにたにたと笑みを浮かべている。


 ゴブリンは短剣を振り上げ、アユムに切りかかってきた。


 かろうじて攻撃をかわしたアユムは、少女を守ろうとゴブリンを蹴り飛ばした。


 しかし恐怖に耐えられなかったのだろう。少女は悲鳴を上げ、潰れた足を引きずりながらあらぬ方向へとずりずりと逃げ出してしまった。


 あっという間の出来事だった。

 

 ゴブリンはいつまでも止まない悲鳴にいらだったのか、持っていたナイフを投げつけた。


 短剣はアユムが止める間もなく、少女の背中に根本まで突き刺さる。


 少女の悲鳴はごぼごぼと血が混じりながらもしばらく続いていたが、まもなく何の音も立てなくなった。


 ゴブリンはその様子を見て、「ゲゲゲ」と笑い満足そうに短剣を抜き取ろうとするが、短剣は深く刺さっていて中々抜けない。


「この野郎!」


 あまりの事態に茫然自失(ぼうぜんじしつ)状態だったアユムは我を取り戻し、持っていたナイフで切りかかった。


 ゴブリンの身のこなしは軽く、何度もかわされてしまう。だが森で動き回ることに慣れていないのか、しまいには木の根に足をとられ、よろめいたところをアユムのナイフが捉えた。


「ぐぅ」とうめき声をあげ、倒れるゴブリン。アユムは荒く息をしながら、ゴブリンが死に絶えるのを見届けていた。


 死に抗うかのようにじたばたとしていたゴブリンの腕が、ぱたりと落ちる。


 ほっと息をついた次の瞬間、アユムは息を飲んだ。 


 なんとゴブリンの体が、サラサラと砂のように崩れていくのだった。


 ゴブリンの体はあっという間に消え去り、ナイフが地面に落ちる。

 

 するとアユムは自分の中に、ナニカが入り込んでくるのを感じた。


 思わずうずくまる。胸の中に仄かに暖かいナニカがあり、それが徐々に全身に広がっていくのがわかった。


 今のはなんだったのか。しばらくして気分を落ち着かせたアユムは、ゴブリンの体があった場所を確かめた。


 落ちたナイフの刀身をまじまじと見るも、血の一滴さえ残されていない。


 ふと怪しい光に気づきよく見れば、そこには小石程度の魔石があった。



「魔物初討伐、おめでとうございます!」


 重い足取りで冒険者ギルトへ引き返すと、受付嬢のキラリは満面の笑みを浮かべ言った。


「でも僕は、彼女を助けることができませんでした」


 アユムはうつむきながら言った。褒められることができたとは思えなかった。


「一人の少女が亡くなったことは、とても悲しいことです。ですが特別珍しいということでもないんですよ」


「どういうこと?」


 食らいつくようにアユムは詰め寄った。


「魔物は通常、この街にあるダンジョンから生まれます。ですからダンジョンに潜らない一般市民が魔物に襲われることはめったにありません。


 しかしごくまれに、街の外で生まれた魔物が人を襲うこともあるんです。


 ですから、森での狩猟には魔物と遭遇するリスクがつきまとい、毎年一定数以上の死者が出ているのです」


(あの子は同じ冒険者だったのか)


 とはいえあんな小さな子が殺されて、それでいいわけがない。アユムは行き場のない憤りに駆られながらも、言うべき言葉がわからずにいた。


「アユムさん、悲しむ気持ちもわかりますが、その少女は恐らく街で生まれ、捨てられた孤児でしょう。

 彼女たちのほとんどは身寄りも、戦う力もありません。


 だから死ぬかもしれないと知っていても、それでも森に行かなければ生きていくことができないんです。

 だからもう悲しまないでください。ゴブリンを倒したあなたは、明日死んだかもしれない彼女たちを救ったのだから」


 キラリはすっと手を差し出すと、そこには銀貨が5枚あった。


「当ギルドではダンジョン外で発生した魔物の討伐には、魔石の買い取り額にプラスして、討伐報酬をお支払いしています」


「こんなに、貰えません」


「これは正規の値段です。あなたが今日したことは、それだけの価値あることなんです」


 キラリはアユムの手を包み込むようにして銀貨を握らせた。


「アユムさんには期待しています。魔物は人を害する醜い存在。1体でも多く討伐することが、皆の明るい未来に繋がっているんです」


 キラリからは香水のいい香りが漂う。いつもより近い距離と、熱い思いでこちらを見つめるキラリにアユムはどぎまぎしてしまった。

 


 宿に帰ってからずっと、アユムは今日の出来事を思い返していた。手元には換金せず引き取ったゴブリンの魔石と2枚の銀貨がある。


 こちらをためらいなく殺そうとしたゴブリンの表情と笑い声、身に迫ったときに漂う臭い。そして少女の悲鳴。すべてが醜悪で、頭をかきむしりたくなる。


 アユムはこれまで魔物を夢物語のような遠い存在だと思っていた。それがいまはこれほど身に迫って感じる。


 魔物は、薄皮一枚隔てたすぐそばにいたのだ。


「何を悩んでいるんだ、アユム」


 いつの間にかすっかり日も暮れてしまったようだ。暗くなった部屋の入り口に、いつのまにか帰ってきたレイがいた。


 アユムは部屋着に着替えるレイをぼーっとした頭で見ていた。


 ほとんど休みなくダンジョンに潜るレイの体には、よく見るとあちこちに痛ましい古傷があった。


「なんで。なんでレイはダンジョンに潜るの?」


 レイはアユムの手元にある魔石に気づいたようだ。


「なぁアユム、魔物ってどうやって生まれるか知っているか?」


 アユムは首を傾けた。


「ダンジョンの最深部にはダンジョンコアと呼ばれる結晶があるらしい。めったにないが自然発生する場合以外、魔物はほとんどダンジョンコアから生まれてくるんだ。


 この街にある高い城壁は街の外からの脅威に備えられたものじゃない。魔物の脅威を封じ込めるようにつくられたのがこの街なんだ。


 その魔物のおかげでこんなに発展したんだけどな」


 レイは皮肉そうに笑った。


「ダンジョンコアからは日々魔物が生まれてくる。


 もし冒険者が魔物を討伐し続けなければ、魔物はダンジョンからあふれ出してしまうだろう。そうなれば周辺の村はいままでの比じゃないほど被害を受けるんだ。


 だから毎年、たくさんの男が村からやってきて、尽きない魔物狩りに消費されている。あふれ出ないように」


 その目はとても悲し気だ。


「俺の夢を知ってるか、アユム? 


 ダンジョンコアを破壊して、魔物のいない世界で家族と平和に暮らすこと。それだけだったんだ。もう村は無くなっちまったけどな。


 それでも魔物を倒せば、同じような誰かの生活を守ることにつながっているんだ。金にもなるしな」


「死ぬかもしれないのに、怖くはないの?」


「怖いさ。ダンジョンではいつ死んだっておかしくないんだ。


 だけど俺もどうせ生きるなら、誰かのために生きて、そして誰かのために死にたい。そう思ったんだ」


 レイは首元に下げた神石を握りしめ言った。


「アユム、迷い人であるお前には特別な力と役割があるんだと思う。お前とならいつか俺の夢を叶えられると信じてるんだ。着いてきてくれるか?」


 レイの眼差しは射貫くようにまっすぐ、アユムに注がれている。自分のことを信じ、求めてくれていることが嬉しかった。


 アユムは思わず首を縦に振っていた。

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