カルチャーショック
次の日からアユムは早速、街周辺部で狩りのための見回りをすることにした。
初日であるから獲物は度外視して、まずは下見ついでに薬草の採取依頼をギルドで受けた。
用心のための弓矢に加えて、薬草を入れるための背負いカゴを持って行く。カゴは宿屋の女将さんに話すと、キノコなど森のものを採ってくることを条件に快く貸してくれた。
街を出て1時間ほど歩くと、同じように薬草採取をしている人と出くわすようになった。協力し合う様子はなく、どうやらソロの冒険者ばかりのようだ。
そこでアユムが驚いたのはその腕の悪さと常識の無さだ。
次のことも考えず根こそぎ採っていく人や、根に薬効がある薬草なのに地上部だけ採っていく者もいた。
(あんなことしたら、クオンに殴られたな)
アユムは懐かしい気持ちになりつつ、あれで収入になるのかと心配になった。
獣の痕跡も、無残に踏み荒らされている。アユムは人が多い場所を早々に離れ、森の奥へと入っていった。
人の気配が無くなるにつれ、採取量も増えていく。とくに食用キノコなどは知識がある人が少ないのか、大量に残されていた。
(今日のご飯はこれで何をつくってもらおうか)
久しぶりに森に入って採取をしていると気分がいい。不思議と今日は体が軽く、いくら動いても一向に疲れない。アユムはご機嫌になって次々と採取していった。
うきうきと薬草採取をしていると、遠目にシカが歩いているのが見えた。
(近すぎる!)
アユムはこれほど接近するまで気付かなかった自分のうかつさを呪った。
(これじゃ逃げられて当然だよな)
諦めて弓を下ろそうとして、アユムはおかしなことに気がついた。
シカが一向に逃げないのである。
こちらを警戒することもなく、のんきに草を食べている。アユムはいま見ている光景が信じられないまま、とりあえず矢をつがえて放った。
矢はすんなりとシカの首に刺さり、シカは倒れた。
(もしかして、これはシカじゃないのか?)
そんなことを思いながら倒れたシカに近づくアユム。
だがそこにいたのは、確かに見覚えのある普通のシカだった。
心なしか驚愕したように目が見開いているように見えて胸が痛んだ。
「おんころろ なら せんだりそわか」
血抜きのため川まで運び、アユムはクオンに教えられたお呪いを唱えながら素早く解体した。
それからも続々と獲物は姿を現すが、荷物の多いアユムはホゾを嚙むような気持でそれらを見送るしかなかった。
帰り際、ずっしりと重い荷物に奇妙な薄気味悪さを感じながらも、これがいくらになるんだろうとわくわくしながら帰るのだった。
※
ギルドへ報告する前に宿へと戻ると、女将さんは収穫の多さに驚きながらもすぐに大将を呼んで二人で大いに喜んでくれた。
「あんた、見かけによらずいい腕してるじゃないか。キノコや山菜もこんなにたくさん。とてもウチだけじゃ食べきれないね。知り合いにも分けていいかい?
もちろん宿代からお代は引かせてもらうからさ」
そう言って手早く収穫物を仕分けていく。
しかしシカ肉に関してはどこか浮かない顔をしているようだった。不思議に思って理由を尋ねると、戸惑いながら教えてくれた。
「ウチは安いから獣肉を使っているんだけどね。獣肉は臭みが強いし、結局魔物の肉のほうがおいしいし体にいいからって、食べたがらない人が多いんだよ」
(女将さんのシカ肉シチューはあんなに美味しかったのに)
理由を聞いても納得はいかなかったが、そういえばと、昨日ジミーに奢ってもらった店のことを思い出す。
(確かに何の肉かわからなかったけれど、軟らかくて旨味も強い肉だったな。もしかしてあれが魔物の肉だったのか?)
結局シカ肉は女将さんの知り合いだという肉屋に安く買い取ってもらった。
がっかりしながら部屋に戻り、薬草を干しているとレイが帰ってきた。
帰るなり奇妙なものを見るような目でアユムを見てくる。
「お前、何してるんだ?」
「え、何って…。薬草を納品できるように干しているところだけど。ごめん、邪魔だった?」
どこに干したものかと悩むアユムを見て、レイは盛大にため息をついて言った。
「あのな、ここは田舎じゃないんだ。薬草は生のままでギルドで引き取ってもらえるぞ?」
またもやカルチャーショックを受けるアユムだった。
村では毎月行商人が来るわけではないので、乾燥させたり、種類によっては煮出して抽出したものを保存して売るのが当然だったのだ。
ショックは夕食のときも続いた。その日のメニューはシカ肉のソテーに、キノコや山菜がこれでもかと入った味噌汁だ。
「確かに獣肉は好んで食べる人は少ないな」
「こんなに美味しいのに」とシカ肉のソテーを食べながら文句を言うアユムを制してレイが言った。
「そうは言ってもな。アユム、お前今日体の調子がやけによくなかったか?」
そういえば、今日はやけに体が軽かったことを思い出す。
「それが魔物肉の効能さ。あの店、相当いい肉を使っていたからな。
魔物を倒すと時折、魔石に加えて肉をドロップすることがあるんだ。キュウコ様の祝福だなんて言うやつもいるな。
ドロップした肉を食べれば体に魔力が宿って、それだけでレベルが上がることもある。
貴族様なんて、幼いころから魔物の肉を食べて強い体をつくっているらしいぜ」
「レベルって何?」
「あぁそっか、アユムは知らないんだったな」
レイが思い出したように言った。
「じつは魔物は倒せば倒すほど体が頑丈になったり、力が増すんだ。そのことを俺ら冒険者は『レベルが上がった』って呼んでる」
アユムは言っていることがよく理解できず、首を傾げた。
「経験を重ねることで、戦いに慣れて技術が磨かれていくってこと?」
クオンの狩猟技術のことを思い浮かべながらアユムは訊いた。
するとレイは困ったような顔をしてから口元に手を当て少し考えると、女将に声をかけてリンゴを持ってきた。
「いいか、見てろよ?」
次の瞬間、リンゴが砕け散った。飛び散った果汁がアユムの顔に盛大にかかる。
レイは軽く力を入れているようにしか見えなかったように、硬いはずのリンゴは紙を潰すようにくしゃっと潰れてしまったのだ。
「悪い悪い」レイが笑いながらタオルを渡してきた。
「つまり、こういうことなんだ。俺みたいに浅層を潜っているやつでも長年やってれば大きな違いが出てくる」
レイは力こぶをつくってみせた。確かに村にいた頃よりも逞しく引き締まったように見えるが、どちらかというと細腕のレイの腕からは、先程見た怪力はとても信じられないものだった。
「だから皆魔物の肉を食べたがるし、少しでも早くダンジョンに潜ろうとしてしまうんだ」
「じゃあなんでレイは獣肉を出すこの宿に泊まるの?」
するとレイは「なんでだろな」と困ったように笑って答えた。
「好きだから……なんじゃないか?」




