同期飲みって楽しいばかりじゃない
店に着くと店頭には、窓から店内の様子をちらちらと盗み見ている男がいた。
何だろうと近寄ってみれば、それがテッドだった。
「テッド? 久しぶり!」
いきなり声をかけられたテッドはビクッと体を震わせる。
「お、おうアユムか、久しぶりだな。こっちに来たって聞いてびっくりしたぜ。元気そうで何よりだ」
テッドは目を合わせようとせず、終始そわそわと落ち着きがない。
(何か変だな)アユムは首を傾げた。
そんな二人の様子を見てレイはため息をつき「さっさと中に入ろうぜ」と中に入ってしまった。
店員にジミーの名前を告げると、3人はすぐに個室に案内された。
マリーの食堂のようなところを想像していたアユムは再度衝撃を受ける。
店内にはどこからともなく音楽が奏でられ静かに響き渡る。高い天井を見上げれば、シャンデリアが煌々と店内を照らしているのが見えた。
店員に引かれた椅子に座ってみれば、あまりに心地よい感触に雲にでも腰かけているのかと思ったほどだ。
アユムはテッドと一緒に挙動不審になりレイに注意されるのだった。
案内された席にはまだジミーの姿はない。
レイもテッドも早々に酒を頼み始めたのだが、クオンのつくる自家用酒しか飲んだことのないアユムは何を頼めばいいかわからない。
適当な果実ジュースでも頼もうとしていたら、レイとテッドがつまみと一緒に適当な酒を頼んでくれた。
初めて飲んだ酒は炭酸がキツく、苦くてあまりおいしくはなかった。
「そういえば、テッドはいまどんな仕事をしているの? やっぱりテッドも冒険者なの?」
「いや、俺はもう冒険者は辞めて、いまは魔石工場で働いているよ。
最初はギルドを通じて働いていたけど、何回か働いているうちに上司に気に入られてさ。いまは工場に直接雇われて働いている」
「へー、魔石工場か。どんな仕事か想像もできないや」
(そういえば、ギルドの依頼状にそんなものも見かけたな)
酒も手伝い、初め出会ったときよりも生き生きとした顔で話し始めるテッド。
「そうさ、街のライフラインを守る上で欠かせない仕事なんだ。上を見てみろよ」
テッドが指差す先には煌々と光を放つシャンデリアがある。
「あの光は火じゃない。魔法で安定した強い光を放ち続けているんだ」
「え、嘘だ。こんなに長い間、それもこんなにたくさんの光を魔法で保ち続けるなんて、絶対に無理だよ」
アユムがそう言って笑うと、テッドはごそごそと懐から何かを取り出し机の上に置いた。
それは小さいながらも紫の光を放つ魔石だった。レイが顔をしかめた。
「魔石工場ではこいつから魔力を抽出している。その魔力が街中に行き渡っているから、この街では魔力の心配がいらないのさ。
しかも魔導具と呼ばれる特定の魔法を発現する道具があるから、スイッチ一つで誰でも気軽に魔法が使えるってわけさ」
聞き慣れない単語に内容はほとんど理解できなかったが、それを話すテッドの表情は明るい。
村でよく見たテッドが戻ってきたようで、アユムはそれだけで嬉しかった。
テッドは酒が大好きなようで、それからもこの酒にはこのつまみだと嬉々として教えてくれた。
テッドが2杯目の酒を飲み終わる頃、やっとジミーがやってきた。
「遅くなってすみません、仕事が長引いてしまって」
ジミーは到着するなり、慣れた様子で酒とつまみを頼んでいた。頼んだのは白ワインに野菜のテリーヌ。テッドは「上品なことで」と鼻で笑っていた。
「相変わらず忙しそうでうらやましいことだ」
さっきまであれほど上機嫌に見えたテッドが、ぶすっとして言った。
「あぁテッド、もう来てたんだんですね。元気そうで何よりです」
ジミーが興味もないように答える。
(喧嘩でもしているのかな?)
アユムは以前とはあまりに違う二人の様子を不思議に思ってレイを見たが、レイは素知らぬ顔で酒を飲んでいた。
「そんなことより。アユムはいつからイナリに来たんですか?」
ジミーが明るく言った。
「昨日からだけど…。それよりその口調はどうしたの? 前はそんな丁寧な口調じゃなかったよね」
「あぁこれ、もう癖になってしまって。ヨーグ商店では高い地位の方もいらっしゃるので、無礼になるといけないもので。
しかしよくレイと会えましたね。
ヨーグさんからカズイシ村のアユムと会った話を聞いたときも驚きましたが、二人が一緒にいてびっくりしました」
アユムはイナリに来てから冒険者ギルドで登録したこと。その帰りに偶然レイと出会い、いまは同じ宿にいることを話した。
「レイはこの街のことをよく知っているから助かるよ。今日は教えてもらったミゲルさんの店で矢を買ってきたんだ。村じゃ考えられないほど種類があってびっくりしたよ」
「そうそう、それで衝動買いした上に借金までしそうになったんだよな」
「そこまでしてないよ!」
おどけるレイを必死になってアユムは否定したが、レイは肩をすくめて疑い深い目を向けるのだった。
「この街にはなんだってありますからね。これからは欲しいものがありましたら、何でも言ってください」
「まったく、すごいところだね。でもとてもじゃないけどお金が足りないよ」
アユムが残念だとばかりに頭を振る。すると「それなら」とジミーはちらりとテッドの前に置かれた魔石を見て言った。
「ダンジョンに潜れば、お金なんていくらでも稼げますよ。
アユムならこんな小さな石じゃなくて、もっと良質な魔石を獲れる一流の冒険者になれるはずです。私ならそれを、どこよりも高く買い取ってみせます」
「いや、僕はまだD級の冒険者だし。しばらくは村にいた頃と同じように狩りをして暮らしていくつもりなんだ。
幸い毛皮もある程度の金になるようだし」
ジミーはそれを聞いて少し苛立ったように顔を歪めた。
「アユム、ヨーグさんは餞別代りに高く買い取ってくれたかもしれないですけど、魔物と違って獣の毛皮は質が悪いから高く売れませんよ。
生活するだけならまだしも、まともな生活をしたいなら冒険者としてもっと上を目指さないと」
確かにこの街では、お金さえあれば村では見たこともないようなものまで買うことができる。アユムはそれを今日一日だけでも嫌というほど実感した。
しかしそれは本当に必要なのだろうか?
アユムにはそれが疑問だった。
「まぁアユムにはアユムのペースがあるんだから、やりやすいペースでいいじゃねえか」
それまで黙っていたテッドが口を開いた。
「そんなんだから」
ジミーが吐き捨てるように言った。
「テッドは黙っていてください。
そんなんだからテッドはいつまで経っても工場勤務から抜け出せないんですよ。前から思っていましたけど、テッドは何がしたいんですか?
工場で一生下働きさせられて、本当にそれでいいんですか?
もっといい仕事をしたいなら、具体的な行動を起こさなければ何も変わらないんですよ」
息を荒くして話すジミーの話を聞きながら、テッドはあおるように酒を飲んだ。
「俺も、皆みたいに死ねってか?」
ぼそっとテッドがつぶやいた。
「え、それどういうこと?」
さっと静まり返った中、アユムの声だけが響いた。




