葬儀(サクリファイス)
次の日も引き続きお勤めは続いた。
動揺が収まりきらぬまま、アユムは初めての葬儀に立ち会った。
この村では身寄りのない者はひっそりと姿を消すが、例外を除き親族と御使いで葬儀を執り行うのが一般的だ。
いまアユムの目の前には、体がすっぽり納まる位の大きさの木の棺に遺体が詰め込まれている。遺体はヨミたちの手により清められている。
別れの言葉と共に棺は閉じられ、一行は棺を抱え、北の森へと行列をつくって進んでいった。
白装束の袖に取り付けられた鈴が鳴る。一歩歩くたびに。
まるで道行く先の誰かに、その存在を伝えているようだ。
先頭を歩く遺族らの手には、あの神石がある。
遺族たちが立ち会えるのはどうやら村までのようだった。北の森へと辿りつく前、村の境界にある石像の前で立ち止まり、頭を下げて見送られる。
アユム達は重くなった棺を担ぎ直し、ヨミが先導する中、森の深くまで進んだ。
「ここでよい」
ヨミの声がしてやっとの思いで棺を降ろす。
滝のようにかいた汗で、装束が体に張り付き気持ちが悪い。薄暗い中、じめっとした風が吹きアユムは思わず震える体を抱きかかえた。
次はどうするのかと伺っていると、ヨミたちはすぐに引き返し始める。アユムは慌ててその後を追った。
「早くせんと日が暮れる」
珍しくどこか焦ったヨミの言葉に、皆言葉を交わすことなく帰路を急いだ。
「分け御霊の儀は、最も重要なお勤めだと言える」
ヨミの家につき、憔悴してうなだれるアユムにヨミは言った。
「人は必ず死ぬ。それは避けられぬこと。だが分け御霊の儀により、家族の元に形を変え、在り続けることができる。それはどれほど幸せなことか。
そして宿り木たる体は森に帰り、我々を見守る神になる。それがオオカミ様なのじゃ。分け御霊の儀は生まれ変わりの儀である」
「…これまで僕が修行に使っていたのは、誰の命なんですか?」
うなだれたまま、吐き捨てるようにアユムが言った。
「身寄りのない女のものだ。誰に引き取り手があったわけではない。
身寄りのない家もある。その場合葬儀はすべて我らで執り行い、神石は村のために引き取ることになっておる。それはそういう石じゃ」
ヨミの目がアユムの胸元に寄せられアユムは首から下げた神石を握りしめた。
(ここに一つの生命がある)
生暖かい感触にゾッとしたアユムはヒモを引きちぎり、畳の上に放り投げた。ヨミはそれを見て眉をしかめた。
「こんなのおかしい」
「されど誰かがやらなければ、その者の魂は、思いは無残に散るばかり。
宿り木たる体も、ただ朽ち果てることのほうが余程罪深く残酷だ。それは誰にも不幸なことではあるまいか。
我々は感謝を胸に生きていくべきなのだ」
ヨミはそっと神石を拾い上げた。
「この神石は私と長年付き合いのある、老女の石じゃ。家族皆に先立たれてな。私が引き取り葬儀を行った」
昔を懐かしむように、遠い目をしながらヨミは神石を撫でて言った。
「アユム、分け御霊の儀では大義を見事果たしたの。ワシはお主を誇りに思う。こやつも、その力になれて喜んでおるじゃろうて」
「…そんなの、抱えきれるわけないよ。なんで、なんで先に言ってくれなかったんだ」
アユムの口からは押えきれなかった思いがこぼれ出る。
「だったら最初から使わなかった。だったら最初から御使いになんてなりたくなかった。こんな力、いらなかったんだ」
すべてを恨むように、アユムは泣き崩れた。
自分を特別なものにしてくれるはずだった力。それに裏切られた気がした。
サリナがそっと近寄り、背中を撫でる。しかしアユムはその手を振り払った。
サリナは何も言うことなく、ヨミから神石を受け取るとヒモを結び直し、アユムに再度近寄った。
「だったら何? 放り出すの?」
アユムをまっすぐ見下ろして言った。
「この神石も、力尽きれば砕け散る。私はもういくつもの石を使ってきたわ。だからいまの私がある。ここで立ち止まることは裏切り以外のなにものでもないじゃない。
……あなたも獣を狩るでしょう? その生命はあなたの中にあってあなたを生かし続けている。
私たちにできること、それは悲しみにくれて餓死することじゃない。命あることに感謝し、受け取った命をまた次の誰かに渡すことしかないじゃない。
私もあなたも、そのための力を持って生まれてきた。それには意味があるのよ」
力強い言葉と裏腹に、見上げればとめどなく涙を流すサリナがいた。
サリナはそっと神石をアユムの首にかけた。
「あなたも私と同罪なんだから」
サリナの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。でもそう言って笑う顔は、いままで見たこともないほど安心しきったものであり、アユムは思わずその頬に手を伸ばす。
サリナはその手を拒まない。それが何よりも嬉しかった。
アユムはサリナを強く抱きしめ二人で泣いた。もう涙を流さなくていいように。




